3話目です。
うちのクラッシュはぜんぜん「さっぱり」してないな…;
「う」に点々の字を使っているのですが、ちゃんと表示されてるでしょうか?
【Machine child_03】
わかったのは、また暴走してしまったということ、そしてメタルが激怒しているということだった。メタルが説教しているのはまだ冷静である証だ。本気で怒ると彼は黙り込む。
今まで説教で済んでいた分、兄の沈黙にクラッシュは怯えた。
褒められたかっただけなのに、どうしてこんなに怒らせてしまったのか。
「おーい!」
呼びかける声にはっと顔を上げると、ウッドが操縦する輸送機からクイックが身を乗り出していた。その影に見えるフラッシュは両足がない。自分が壊したのだろうか。
愕然とするクラッシュの頭に、エアーがぽんと手を載せた。
「あの、な……メタル……ここは穏便に……」
「先に乗っていろ」
メタルは宥めようとしたらしいエアーの言葉をさえぎり、しかし相手がその場に留まっても気にも留めなかった。長兄のただならぬ様子に兄弟の視線が集中する中、メタルが口を開いた。
「クラッシュ」
「……う、ん」
「戦闘中に、意志を手放したな?」
ゆっくりと話すメタルの声には、ぎしぎしと軋む異様な響きがあった。
「仲間がいることを忘れていたのか? 破壊衝動に身を任せるなと、何度言ったら解る」
「だって、だって……」
壊せと。
敵を倒せと。
いつだって命じられるのは単純なことで、それを全うすれば認めてもらえると思っていた。
求められている事と自分が為した結果の何処が間違っているのかが解らない。
どんなに壊しても、メタルは褒めてくれなかった。
ワイリー博士の研究室を通りかかったとき、漏れ聞こえた話し声が脳裏で再生される。
『クラッシュの……戦闘…………欠陥…………』
『……プログラム…………作り直して…………』
走ったらばれると思ったので、ゆっくり歩いて遠ざかった。
自分は欠陥ロボットなのだ。
使い物にならないと思われたら捨てられて、新しい『クラッシュマン』が作られるのだ。
怖くて、悲しくて、余計必死になった。
なんとか今ここにいる『自分』を認めてもらおうと足掻いて、空回りして――
「俺……――だから……」
ごく小さな声だったが、この場にいるのは皆ロボットだ。全員がその言葉を聞き、顔をこわばらせた。
恐ろしいほどの怒気をまとったメタルが冷厳な声で言った。
「もう一度言ってみろ」
「お、俺……っ……は、欠陥ロボットだから――」
ばしっ、という音がしてあたりが静まり返った。
弟たちから見えたのは、メタルが手の平でクラッシュの頬を打った所だけだった。誰もが動けない中、メタルはさっと踵を返して輸送機に向かう。
「だ……大丈夫か、クラッシュ?」
呆然とする弟を心配したエアーに声をかけられても、クラッシュはしばらく反応できなかった。
メタルの表情――フルフェイスの隙間からわずかにのぞいたそれを見たのは、クラッシュだけだった。
哀しそうな目だった。
なぜ彼は、自分こそが殴られた方であるかのように、痛そうな顔をしていたのか。あんな顔をしたメタルを見るのは初めてだった。
わからないことの中に、一つだけ確実なことがある。メタルを哀しませ、失望させた自分は今度こそ、本当に、嫌われてしまったに違いない。
絶望がぐるぐると見えない回路を駆け巡り、駆動系の出力をどうしようもなくダウンさせる。残存エネルギーがないのではなく、立ち上がろうという意志がわかない。
周囲に広がる瓦礫の山。炎。残骸。
この身につけられた名はクラッシュマン――破壊者の名を与えられたのに、壊しても、壊しても、正しさが見つからなかった。
もしも自分が廃棄されるとしたら、最後に壊すのは自分自身だろうか。
*
《なるほど……事情は大体わかったよ》
ガラス越しにバブルの声が響いた。バブルの部屋には巨大なプールがあるが、床が一部掘り下げられており、ガラス越しに水中を見ることが出来る。
ヒート、ウッド、エアーは階段に腰掛けて事の顛末を語りあい、その合間も隅っこで膝を抱えるクラッシュをチラチラ気にしている。
「兄者……メタルは、その……口下手だからな」
フォローしようとするエアーに、ヒートが水を差す。
「メタルお説教超得意じゃん……」
「む……そ、それはそうだが、本当に言いたいことを上手く伝えられんというか……」
《メタルは……冷静に見えるけど、激情家だからね。感情があんまり高ぶりすぎると言葉が出てこなくなっちゃうみたいだよ》
「あー、それはなんかわかるけどぉ……別にぶつことないじゃない?」
「俺が、いっぱい、いっぱい怒らせたから……」
ぼそっとした呟きに、全員が「うあー」と言いたげな顔になる。
「メタルに、嫌われた……」
無表情に呟いたクラッシュはくしゃっと顔を歪め、「ゔゔ~~~~っ」と唸り声をあげ始めた。ぎゅっと閉じた瞼の隙間から視覚センサーの洗浄液――涙がぼろぼろ零れ落ちる。
それが感情表現プログラムを使いこなせないクラッシュの、不器用な泣き方だった。
《クラッシュ……》
「だ、大丈夫だ。メタルがお前を嫌いになるはずがないだろう!」
「クラッシュ兄ちゃん、大丈夫だよ」
「ゔゔゔゔ~~~~っ」
「クラッシュ、泣かないでよぉ」
四人がなかなか泣き止まないクラッシュに手を焼いていると、メンテナンスを終えたらしいクイックとフラッシュがやってきた。フラッシュの脚はスペアがなかったのか、代替品の義足が取り付けられている。
「おー、ここにいたのか」
「あーあー、盛大に泣いちまって」
階段を下りてきた二人は泣いているクラッシュの頭を交互にぐりぐり撫でた。クラッシュは一つ下の弟を見上げ、激しくしゃくりあげた。
「ふ……ふ、ふらっ、しゅ……」
「あァ、なんだ?」
「あ、あし……だいじょぶ……?」
「平気だってこんなモン。今はコレつけてっけど、博士がすぐ新しい奴作ってくれるって」
「っていうか、こいつの足を斬ったのは俺だしな。お前が気に病むことじゃない」
「くいっ、く……も、こわそうと……して、ごめん」
「いいって。慣れてっから」
気にするな、と頭を撫でられ、クラッシュは頷いた。メタルには気にしろと説教されるが、今はその言葉がありがたい。
落ち着いたのを見計らい、バブルが言う。
《ところでクラッシュ……メタルにごめんなさいした?》
「あ……」
そういえば言っていない。輸送機の中では到底声をかけられる雰囲気ではなかったし、基地に戻ってからは顔を見てもいない。
「クラッシュ、早く行ったほうがいいよぉ?」
「うん……僕もそうしたほうがいいと思う」
「大丈夫だ。ちゃんと謝ればメタルはすぐに許してくれる」
「ってか、アイツに睨まれてすぐ謝らなかった奴っていねぇいだろ……マジ怖ぇかんな」
「メタルなら第二ラボにいたぞ。見たところ落ち着いてるみたいだったし……話くらい聞いてくれるさ」
全員に行って来いと言われ、クラッシュは重い腰を上げた。
階段を上って振り向くと、兄弟たちが励ますように見上げていた。
きっと許してくれると皆言ったけれど、そうじゃなかったら――これが大好きな兄弟たちの見納めかもしれない。
クラッシュは彼らの姿を記憶野に焼き付けると、重いドリルの腕を別れの挨拶のつもりで小さく振った。
>>
【Machine child_04】へ
[0回]
PR