最近微妙にフィーバー気味のエレ→クイです。残り半分は明日アップする……予定。
【忘れてた…;】
タイトルはお題配布サイトからいただきました。
【ただ、きみの強さを呪う_01】
「ここか……」
DRN.008エレキマンは小さく呟いて足を止めた。見上げた十階建てのビルは一見ごく普通の研究所のようだが看板はなく、夜だというのにいくつかの窓が光を放っていた。正面の入り口にも明かりが点っている。
だが、まっとうな研究施設ならばこのような治安の悪い地域に存在しているはずがない。存在しているのならば、そこにいるのはつまり、まっとうな連中ではないのだ。
それもそのはず、ここにいるのは先日二度目の世界征服を阻止されて逮捕されたDr.アルバート・W・ワイリーの作った人型戦闘用ロボットたちなのだ。この建物はもともとワイリーが所有していた研究所の一つで、基地を破壊されたワイリーナンバーズはここに移り住んで来たのだという。彼らの主人であるワイリーは旧友であるライト博士の保護下にあり、Dr.ライト研究所の隣町であるこの場所にいる理由もわかる。
エレキは普段は原子力発電所で勤務しているが、明日からは久しぶりの休暇だった。ライトナンバーズは休日には製造者であるライト博士の家に顔を出すことが多く、エレキマンもそうするつもりだった。
だが、この街までやってきたところでふいに思い出したのだ。
ワイリーナンバーズの居場所は万が一の場合に備えてライトナンバーズたちにも知らされていた。そのデータを元にエレキがこんな所までやって来た理由は一つだ。
「いつまでそこに突っ立っているつもりだ?」
斬りつける様な鋭い声に顔を上げると、エントランスの前に一体の戦闘用ロボットが立っていた。鮮やかな赤い装甲に包まれたその背はすらりと高い。同色のヘルメットについたV字のセンサーの下には、つり上がり気味の大きな緑色の目がある。
「クイックマン……」
エレキの呟きが聞こえたのかどうか――DWN.012クイックマンは冷静でありながらも敵意を含んだ目でエレキをじろりと睨んだ。
「あいにくこの研究所は関係者以外立ち入り禁止だ。ただそこに居られるのも邪魔だし迷惑だからさっさとどこかに行け――ていうか、消えろ」
声にはどうにも不機嫌そうな響きがあったが、エレキは気にならなかった。
エレキがクイックマンと会うのはこれが三度目だ。
一度目は、任務中のDWNたちとかち合ってしまった時。クイックマンはエレキをベースに作られた戦闘用ロボットだ。二人は互いにそれを知っており、戦わずにはいられなかった。あの時の勝負はエレキの優勢で、途中でDWN.009に邪魔されなければ勝っていたと思う。
二度目は、ライトナンバーズ全員でワイリーを追い詰めたときだ。そのときのクイックマンは別人かと思うほど態度が異なっていた。彼は、すでに自分がエレキマンがベースであるという事にさしたる興味を抱いておらず、「工業用ロボットには興味がない」とまで言ってのけた。
あのクイックマンには、挑発したつもりは毛頭なかったのだろう。冷静さを失ったのはエレキのほうだった。
あれほど悪意に満ちた言葉を放ったのは生まれて初めてだった。
『興味がないとは随分な態度ですね……その工業用ロボットにも勝てない粗悪なコピー品のくせに。私のような優秀なロボットをベースにして貴方のようなポンコツしか作れないのですから、そこにいるご老体の天才からいつまで経っても“自称”が取れないのも頷ける』
挑発に反応したのは、クイックマンに護衛されていたワイリーの方だった。だが、当の本人は笑顔すら浮かべて主を下がらせ、言った。
『ワイリー博士は確か、俺が実戦で戦う姿を見るのは初めてでしたね』
その整った表に浮かぶ自身は、初めて会ったときのものとは明らかに異なっていた。
『もし見えたのなら、見ていてください……貴方が天才であることを、今から俺が証明してご覧に入れます』
爽やかに言い放ち、彼はエレキを見た。
以前とは異なる顔つき。
戦いに臨んでいてなお、落ち着いた佇まい。
再び出会うまでに何があったのか――クイックマンには戦士の風格が備わっていた。
エレキは、七秒で負けた。
サンダービームは相手にかすりもせず、倒れた自分を顧みることなく、クイックマンはワイリーを連れて去っていった。一言勝ちを誇る言葉すらもなかった。
ライトナンバーズの初号機であるロックマンが彼らを倒し、かつてワイリーに利用されたDRNとしての雪辱は果たされた。だが、自分の――エレキマンの雪辱は果たされてない。だから今日ここに来た。
ワイリーナンバーズの様子を見るというのは、自分に対する言い訳だ。
もう一度戦いたかった。
いつの間にか自分を超え、その勝敗にすら興味を失ったクイックマンが許せなかった。
敗北の屈辱は、あの日からエレキの中で燻り続けている。
鮮やかな赤い影と、強い輝きを宿した翡翠の瞳。
その姿は敗北の苦さと共にエレキの記憶野に焼き付けられている。
この感情は人間と共存すべく作られた優しく正しきロボット――ライトナンバーズにはふさわしくないのだろう。けれど、自分が劣化コピーよりも劣っているなんて到底認められるものではない。
エレキはDRNの中でも群を抜いて高い処理速度で回想を終えた。百分の一秒もかかってはいない。システムはすでに戦闘態勢に入っている。
無言で一歩踏み出すと、クイックマンの表情が険しさを増した。
左の爪先をエレキに向けて牽制する。もう一歩踏み込もうとするそぶりを見せれば飛び掛ってくるはずだ。
「何のつもりかは知らない、お前が誰かも知らない――だが、ここから先へは行かせない」
静かに呟かれた言葉が電脳で処理され、理解と共にエラーが起きて処理が止まった。
感情表現プロセスは数回の瞬きをもってエレキの驚きを表現する。
「……………………は?」
間の抜けた声を上げたエレキを睨みつけ、クイックマンが言う。
「『は?」って何だよ。ここから先へは行かせないって言ってるんだ」
「そうではなく、その前です!」
「はァ? えっと……お前が誰かも知らないって……」
「それです!」
聞き捨てならない一言はそれだ。エレキは思わず声を荒げる。
「クイックマン、私を覚えていないのですか!?」
答えはそっけなかった。
「知るかよ。誰だお前」
「貴方のオリジナルです!! 会うのは三度目ですよ! ロックとの戦いでデータが飛んだのですか!?」
「違うけど……えっと……」
クイックマンは調子が狂ったように思い出そうと首を捻ってみせたが、それが『フリ』であるのはバレバレだった。
「…………じゃあ、サンダーマン……とか?」
「じゃあとは何ですか! 私はエレキマンです!」
確かにクイックマンは自分に興味を失い顧みなかったが、まさか忘れられているとは思わなかった。別の意味で屈辱と敗北感に震えるエレキに、クイックマンは面倒くさそうに言った。
「あー、なんか思い出してきたぞ……で、そのエレキマンが何の用だ? 確かこの間は俺が勝ったんだっけな。その雪辱を晴らしにきたとか?」
思い出してくれてよかった――そう考える自分に激しく落ち込みながら、エレキは内心を押し隠して頷いた。
「……その通りです。私と戦いなさい」
そんなことを言う自分は果たして工業用ロボットなのか――0と1の狭間で響く囁きをエレキはあえて無視した。
自分はあの日あの時クイックマンに敗北した瞬間から、一歩も先へは進めていないのだ。閉塞感と無力感に苛まれたままでは、本来の工業用としての責務を全うすることもできない。
クイックマンは戦意に満ちたエレキの視線を静かに受け止め、言った。
「戦え、か……俺にその気はないと言ってもか? 前も言ったと思うが、俺は戦士じゃない奴、弱い奴には興味がない。この間戦ったのはお前が博士を貶めようとしたからだ」
エレキが罵り挑発したのはワイリーではないのだが、クイックマンは進路上に置かれたゴミを片付けたくらいの気持ちなのだろう。
――やはり気に入らない。
「もう一度戦って、勝つ自信がないのですか?」
「七秒で負けた奴が言えたセリフじゃないと思うけどな」
クイックマンは軽くため息をついて何か考えるように目を閉じた。
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クイックは博士には丁寧な言葉遣いです。他人の前ってのもあったかもしれませんがw
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