これの続きでざっと表だけ書いてみました。予想以上に長くなったので分けて、2は裏行きです。まだ書いてませんが。
痴話喧嘩です。メタ兄が拗ねてますが、もう拗ねるとかいう可愛いレベルじゃなかった。本当にひどいので、超絶的にめんどくさいメタ兄が許容できる方だけどうぞ。喧嘩中なのでラブは一切無し。バブルはお悩み相談要員です。
タイトルはお題配布サイトからいただきました。
【あなたがわたしの愛を見縊ったから_01】
「誰だ、お前は?」
見たこともないほど冷たい眼差しに、ずきりと胸の奥が痛んだ。
始まりは他愛もない悪戯。仲間との酒盛りで年を越した恋人へのちょっとした仕返しのつもりで、今年初めてのキスを求めてきたメタルの前にヌイグルミを差し出したのだ。ヌイグルミにキスする様子をからかってやろうと思っていたのだが、相手の顔を見た瞬間、意地悪な思いは吹っ飛んでいた。
赤い瞳の奥に憤怒の炎を燃やし、身動き一つせずにヌイグルミの顔を睨むメタル。どう考えてもクイックの軽い悪戯を笑い飛ばしてくれそうな雰囲気ではなかった。
案の定メタルはヌイグルミをクイックと呼びはじめ、本物のクイックを見知らぬ他人として扱いだした。
「――出て行け。目障りだ」
極め付けに酷い言葉を投げかけられたクイックは、泣きながらメタルの部屋を飛び出した。自分の部屋のベッドで膝を抱えて泣きじゃくりながらメタルが追いかけてくるのを内心待っていたのだが、一時間しても部屋を訪れるものはいなかった。
動揺が落ち着くと、ふつふつと怒りがわいてくる。
(何だよ……あんなに怒らなくてもいいじゃねぇか)
元旦も忙しい長男は、結局夜まで時間が空かなかった。メタルがあれほど怒らなければ、キスをやり直して、そのまま愛し合っただろう。クイック自身もかなり乗り気だったので、すばらしい夜を過ごせたはずだ。
それなのに。
(目障りだ、なんて……どんなに怒ってたって俺たちには絶対言わなかったのに。本気で嫌ってる相手にくらいしか、言ったこと無いだろ、あんな言葉……)
明確な敵意を込めた視線と言葉は、思い出すだけでクイックの心をずたずたに切り刻む。その痛みを補填するために、これ以上傷つかないように、怒りで心を固めた。
(もうメタルなんか知らねぇ。謝ってくるまで許すもんか)
ベッドにもぐりこんで目を閉じると、脳裏から恋人の姿を締め出す。
今までの経験上、メタルの怒りは長く続かない。朝になれば元通りだと――願望交じりにクイックが考えたのは完全なあやまちだった。
メタルの怒りは長続きしないが、それは相手がすぐに謝った場合のみである。そして、長兄メタルマンの怒りを放置するような怖いもの知らずはナンバーズにはいなかった。
+
数日後、ついに耐えられなくなって口火を切ったのは、ワイリー博士だった。彼は恐る恐る、目の前に夕食の皿を並べていく息子が時折頭を撫でている“それ”を指差す。
「な……なぁ、メタル……」
「何でしょうか、アルバート?」
「数日前から気になっとったんじゃが……その、ヌイグルミはなんじゃ?」
メタルは指先を視線で辿ると、きっぱりと否定した。
「ヌイグルミではありません。クイックです」
ダイニングで食事の準備を手伝っていた者も、リビングでくつろいでいた者も、一人の例外も無く凍りつき、痛いほどの沈黙が落ちた。テレビから流れる笑い声が妙に白々しく響き渡る。
「……クイック?」
「そうです。クイックです」
「で、では……あそこにいるクイックは、何じゃ?」
ダイニングから続いているリビングで固まっていた赤いロボットを指差すと、メタルは言った。
「知りません」
そう答えたメタルの目の中に何を見つけたのか、ワイリーはごくりとつばを飲み込むと頷いた。
「……う、うむ。そうか……では、食事にしよう」
「今、お水をお持ちします」
メタルの姿がキッチンに消えると、クイックは音も立てずにリビングから出て行った。バブルがその後を追うと、メタルが戻ってくる。
「どうぞ、アルバート」
「お、おお……すまんな」
こんなまずい夕食は初めてだとワイリーは思った。周囲にいるナンバーズたちも居心地が悪そうに黙り込んでいる。
「あの、な……メタル。クイックと喧嘩でもしたのか?」
「喧嘩? していませんよ? なぁクイック?」
真顔でヌイグルミに話しかけるメタルには異様な迫力があった。それがここ数日、弟たちからツッコミをいれる気力を失わせてきたのである。
「俺たちは今でも深く愛し合っていますよ。何か問題でも?」
大ありじゃあ!と叫びたいのはやまやまだったが、さしものワイリーも口を噤むしかなかった。
「クイック」
バブルが信号で確認したクイックの位置は、彼の自室だった。ロックはかかっておらず、バブルは「入るよ」と前置きして遠慮なく踏み込んだ。軽く視線をめぐらせると、ベッドが膨らんでいる。プライドの高い弟らしくないといえばそうだが、ここ数日のことを考えれば頷けないこともない。
自分を完全に無視し、ヌイグルミ相手にいちゃつく姿を見せられては仕方が無いだろう。メタルの仕打ちも目に余るものはあったが、他人が口出ししたところで聞くような相手ではない。
「クイック……メタルと何があったのかは無理には聞かないけど、君が謝る以外に解決する手段は無いってわかってるんでしょ?」
もぞりと布団が動き、くぐもった声が聞こえた。
「だって……あいつがわるいんだ…………おれのこと、ほっとくから……」
「それで、何か悪戯か意地悪してメタルを怒らせたんだね」
長男は理性的に見えるが、実際はかなり理不尽だ。クイックには悪いと思うが、たとえメタルに原因があろうとも早めに謝ってもらうしかない。
「お互い拗ねてたらどうしようもないでしょ? 納得できないのはわかるし、正直やりすぎだと思うけど、誰が何を言ってもメタルの方から謝ってくることは無いと思うよ? 君もたいがい意地っ張りだけど、メタルには負けると思う。その気になったら、メタルは何ヶ月でも君を無視し続けられるはずだ」
「…………そんなの、やだ」
メタルがヌイグルミにキスする度、優しく名を呼んで抱きしめる度、わけのわからない怒りと悔しさと悲しさが心を踏みにじってぐちゃぐちゃにする。他のナンバーズは恐ろしいものでも見るような目でその光景を見ていたが、自分にとってはヌイグルミにメタルの愛情を奪われたような耐え難い光景だった。
メタルのいない間は他の兄弟に諭されても「あいつが悪いんだ」と強気でいられるが、夜になればこうしてベッドに潜り込んで涙を流す。
「ねぇ、クイック……」
ぽんぽんと布団越しに叩かれる。
「メタルだって、そとからじゃわからないけど、内心は寂しがってるんじゃない? いくらヌイグルミをクイックだって言い張っても、人形が応えてくれるわけじゃないしさ」
それでも折れないのが、破滅すら是とするメタルの自爆的側面だ。今はまだクイックを『知らないふり』をしているが、最悪ふりではなく記憶野からクイックのことを完全に削除しようとする可能性もあった。
「メタルはああなると自分じゃ止まれないんだよ。めんどくさい人だなぁって僕も思うけど、止めて上げられるのは君だけなんだ。博士にだって、それはできないんだよ? 君はこのままメタルを失ってもいいの?」
「だってあいつ……おれのはなしなんか、きいてくれなくて……」
昼間に声をかければ無視され、夜に部屋を訪れても中に入れてもらえなかった。それでは謝りようがない。拒絶の痛みに耐えかね、何度か試した後はすっかり諦めていた。
バブルは小刻みに震える布団を見てため息をつくと、部屋の端末でメタルの位置をチェックした。
「メタル、もう部屋に戻ってるみたい……もう一度勇気を出して、仲直りしてみてよ。たいしたことは出来ないけど、僕も力になるから」
「…………うん」
布団から顔を出したクイックが頷くのを見て、バブルはメタルに電波で通信した。
《メタル、ちょっと良い?》
《……なんだ?》
バブルは話がこじれることを恐れ、クイックの名前は出さないことにした。メタルには誰の事かは理解できるはずだ。
《部屋のロックは解除しておいて。それから、これから部屋に行く人を追い返したりしないで、話を聞いてあげて欲しいんだ。これ、僕だけじゃなくて、博士も含めた家族全員からのお願い》
了解を取ったことは無いが、早いところ仲直りして欲しいという思いは一致しているはずだ。メタルに断られないように付け加えたセリフが功を奏したのか、それとも最初から断る気は無かったのか、数秒の沈黙をはさんでメタルは言った。
《……いいだろう》
《ありがとう。じゃあ切るね》
通信を終了したバブルは、期待と不安を浮かべて見守っていた弟に微笑みかける。
「メタルの部屋の鍵は開いてるよ。話は聞いてくれるって」
「……ほんとか?」
大きな翠の瞳には、希望よりも怯えの色が濃い。バブルは心底同情しながらも弟を励ますしかなかった。
「本当だって。君の名前は出さなかったけど、メタルは馬鹿じゃないし、君が行くってわかってるはずだよ。それでも断らなかったんだから……待ってるはずだよ」
「素直じゃないよな……」
「同感。でも、だからこそ君は思いっきり素直にならなきゃ」
クイックは洗浄液の涙で濡れていた頬を拭うと、力強く頷いた。
「ああ……わかった。ありがとう、バブル」
「頑張ってね、クイック」
勇気を振り絞って部屋を後にする弟を見送ると、バブルは呆れたため息をついた。
「ひとつ貸しだからね……兄さん」
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メタル、めんどくせぇ……続きもちゃっちゃと書きます。
[11回]
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