バレンタインネタその2です。
あーまいです。
【歪曲した誠実の対価:その2】
午後のおやつ時、クイックは自分の前に置かれたものを見て目を丸くした。
「なんだこれ」
15センチほどの高さのグラスにアイスクリームが盛られている。チョコレートソースに塗れているのは大小の赤い木の実だ。
グラスの隣にスプーンを、自分の前にコーヒーを置いたメタルは対面のイスに腰を下ろし、首をかしげた。
「チョコレートパフェだが……嫌いか?」
「いや、好きだけど……なんで?」
「何故とは?」
「いや、お前がこういうの作るのって珍しいじゃないか」
ワイリー家の家事を担うメタルマンは、料理も得意だが菓子類はほとんど作らない。ワイリー博士がさほど甘いものが好きではないからだ。家計にあまりゆとりが無いので、博士が食べないものは作らないようにしているのだろう。
たまに彼の代わりに料理を行うウッド、ヒート、クラッシュの三人は時々キッチンでわいわい菓子を作っているが、材料費は彼らの小遣いから捻出しているらしい。
クイックは甘いものが食べたくなったら自分の小遣いをはたいて外で食べる。
恋人が甘党だろうが、メタルがクイックに手作りの菓子を作ってくれることは無かった。クイックが物を食べてもエネルギーにはならない。無駄になってしまうのだ。
だから、諦めていた。
「今日はバレンタインだろう?」
メタルの口から、その言葉を聞くなど。
そういえば、昨日の晩なにやら忙しそうにしていて部屋に戻ってきたのはずいぶん遅くなってからだった。
「お前の手作り?」
「そうだ」
「アイスを?」
「そうだ」
「博士には?」
「バニラアイスにコーヒーをかけてお持ちしたが……」
質問責めにされたメタルはむぅ、と唸った。
「……嫌なら食べなくてもいいぞ?」
わずかに拗ねた口調で、グラスを取り上げようと手を伸ばしてくる。他の奴らに食わせる気かもしれないが、そんな勿体無いことはできない。
「いやいや! 食う! 食うよ! ありがと!! すっげー嬉しいです!!」
メタルの指先からグラスを掻っ攫うと、メタルは「そうか……」と呟いてため息をついた。普通にチョコレートを渡すのはつまらないと思ったのだが、失敗しただろうかと考えているのが手に取るようにわかる。
チョコレートパフェという選択は、変化球だったがとても嬉しかった。
濃厚なチョコレート味、滑らかなバニラ味、赤い木の実の酸っぱさがとても美味しい。
半分ほど夢中で食べたところで、クイックはふと我に返った。
「あの、さ……」
「ん?」
コーヒーを飲んでいたメタルが軽く眉を上げる。
「お前は甘いもの好きじゃないから……チョコとか、用意してなくてさ」
このイベントはスルーされるだろうと思っていたせいもあるが、代用品を思いつかなかったことも大きい。ライターも『メタルが使うもの』ということで考えはしたが、クイック自身は煙草嫌いなので吸って欲しくない。去年のクリスマスの時もそうだったが、とにかく物欲が無いのでプレゼントに苦労する相手なのだ。
案の定メタルは落胆した様子も無く言った。
「ホワイトデーというのもあるのだろう?」
「うん、まぁ……」
「楽しみにしている」
「ああ。わかった」
一生懸命考えよう。うん。
クイックのくれたものなら石ころだろうと喜びそうな気はするが、それだけに適当なものを選びたくない。何が良いだろう?
考え込みながらスプーンを動かしていると、メタルがじっとこちらを見ているのがわかった。クイックが物を食べる光景が珍しいのか、味の反応を知りたいのかわからないが、なにやら気まずい。
「メ……メタルも、食うか?」
緊張に耐えられず思わず聞いてしまい、苦笑される。
「いや」
「だよな。甘いもん……好きじゃないもんな」
スプーンに載った一口分のチョコレートアイスに目を落とす。口をあけたメタルに食わせてやるというお約束に憧れがあったわけではないが、馬鹿なことを言ってしまったような気がして後悔しながら口に入れる。
舌の上で溶けるチョコレートアイスは、その甘さよりなぜか苦さの方が勝って感じた。
「クイック」
「へ?」
名を呼ばれて顔を上げると、メタルがテーブル越しに身を乗り出していた。そのまま顔が近づき、キスされる。
アイスクリーム自体はすでにクイックに飲み込まれていたが、メタルは舌に残った甘味を差し入れた絡めとり、離れていった。
「俺はこれでいい」
「そ、そうか……」
顔が熱い。やけに機嫌のよさそうな顔のメタルを眺めながら、クイックはパニックに陥っていた。ひたすら混乱しまくる自分は、こちらを見ているメタルの顔が綺麗だな、などと考えている。いくら食べてももうアイスの味はわからず、クイックの舌はひたすら今しがたのキスの味を再現し続けた。
それを勿体無いと思うべきなのか、その判断さえ付かぬまま、小ぶりのパフェを食べ終わる。
「ごちそうさま……美味かった」
呆然としたまま感想を述べると、メタルは静かに微笑む。
「良かった」
「でも、もうちょっと欲しかったかな……」
「それでいい。もう少し食べたいと思うくらいが一番美味いんだ」
「そうかな……」
そうかもしれない。
飽きるほど食べなければ、また食べたくなる。
だが、クイックの舌にはいまだキスの感触が残っていた。内部温度は一向に下がる気配を見せず、人間風に言えば『ドキドキして』いる状態だ。
もっと欲しいと思う気持ちは、もう少し食べたいよりずっと強い。
クイックはグラスを押しやり、テーブルの上に身を乗り出す。
「お、お前も……もう一口食っとけ」
メタルは一瞬驚いたようだったが、すぐに嬉しそうに笑ってクイックの頬に触れた。
もうアイスの味はしなかったにもかかわらず、今度の一口は長く続いた。
++++++
手作りアイスって固める途中でかき混ぜるのが面倒くさいよなぁって思ってたんですが、先に材料をきっちり泡立てると途中で固めなくて良いみたいですね。
いろんな作り方があるなぁ……と関心しました。
お菓子、最後に作ったのはいつだっけか?
[4回]
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