006は連作というか、連載になります。005で出した(キャラ紹介に反転で置いてありますけどね;)メタルの裏設定を踏まえつつ、そろそろ2での敗北とその後をゆっくり書いていこうかなと。
小話メニューに前回の話も追加します(忘れてた)。
【再構築への序曲】
正面しか見えないセンサーが捉えるのは、机にうつぶせて眠る主の姿だった。
《アルバート》
音量を絞られたスピーカーは、どんなに声を振り絞っても囁き声しか上げられない。主が仮眠を取る前にロックしてしまったから、彼にはどうしようもなかった。
センサーの赤外線が注げる主の体温は35度6分。平熱よりも1度近く低い。
《起きて下さいアルバート、体温が下がりすぎています。きちんとベッドで眠るべきだと判断します》
言葉を紡いでも主は目覚める気配は無い。目覚ましアラームが鳴ってからもう二十分は経っているのに、気づく気配さえなかった。
仕方ない。主は今日も一人ぼっちで理解の無い世界を彷徨い、果ての見えない研究と解決法の見つからない命題の前で悶えた挙句寂しく眠りについたのだから。
今や主の唯一の財産となった小さな端末の中で、彼はひたすらに声をあげた。
《アルバート、このままでは貴方は風邪を引いてしまいます。せめて空調の温度を上げるべきだと判断します》
思考し判断する知性と正面しか見えないセンサー、音量を絞られたスピーカー。それが彼の持つ全て。
自分に手足があれば、主を起こして無理やりにでもベッドに押し込むことができただろう。
そうでなくても、空調の設定を変えたり、毛布を主の肩にかけてやることができたはずだ。
彼の主は、その研究をしている。
彼に手足を与えんと――『己』を主張するための顔を、それらを表現すべき心を与えんと、日々その知恵を絞っているのだ。
彼は小さな箱の中、その日を待ち続ける。
この手で主の肩に毛布を掛けてやれる日を、微笑みと呼ばれる表情を主に向ける日を――主が自分にとって何より大切な存在であると、判断するのではなく『思う』日が来ることを。
彼は待ち続ける。
――いつまでも、いつまでも待ち続ける。
「……ル、バート」
実際のところ、メタルの目を覚ましたのは自分自身の声だった。
目を開ける。整備室の明かりは消えていたが、計器類の放つ小さな光が消えることは無い。暗視モードの灰色の視界にはそれら赤や緑の色がうつる事は無いが、すでにメンテナンスが終了していることはわかった。
メタルはメンテナンス用の台から起き上がる。コード類は全て外され、それぞれきちんとドラムに巻き取られていた。彼の主たるワイリー博士はコード類を出しっぱなしにする癖があるので、これは弟のフラッシュの仕事だろう。
満足そうに小さく頷いたメタルは、先ほど自分を目覚めさせた言葉を思い出そうとした。
人工声帯の最新のログは、主であるワイリーのファーストネームだった。
「アルバート……?」
自分は主をそんな風に呼ぶことは無いのだが、妙に懐かしさを感じる。
暗い記憶野の彼方からは一抹の寂しさ。
そして、今ここに在って思う《メタル》はそんな淡い感情を抱ける自分に微笑んだ。
そっと台から下りると、先ほどからセンサーに反応があった熱源へ歩み寄る。フラッシュは絶対に注意したはずなのに、性懲りも無くライティングデスクに設計図を広げた老人がペンを握ったまま眠っている。
メタルはずり落ちていた毛布を直し、薄い肩に手を置いた。
布越しに伝わってくる体温は36度2分――彼の平熱よりやや低い。整備室の室温がさほど低くないのは、弟が去り際に調整して行ったからだろうか。
「…………」
主を起こそうと口を開き掛け、噤む。
36度2分――ただのデータに過ぎぬその温度に、『心』は意味を見出す。さまざまな思いを溢れさせる。
主は自分たちがこの世に『在る』ことを望み、自分たちを造った。
この世に望まれず生まれてくる生命がどれほどあることか。
それに比べて、自分たちのなんと希望と愛情に満ち溢れた生まれであることか。
自分たちは戦う力を与えられ生まれた。
一人きりで夢を抱えてきた主の、自分たちは力となれるのだ。
この温もりを守ることができるのだ。
なんと誇らしいのだろう。
感情表現プログラムが柔らかい微笑みを作るのを感じながら、メタルは再び口を開いた。
「ワイリー博士、起きて下さい。寝るならベッドでと、いつも申し上げているでしょう――」
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「思う」を全て「判断する」と川上稔的自動人形言語で喋るメタルに非常に萌えてこんな話をがりがり書きました。ナンバーズ以外のロボットはほぼ言葉は喋れないと思ってるんですが(バットンとか)、ジョーとか喋れそうな連中は皆「判断する」と言えばいいと思います。
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