続きです。
フラッシュが私の脳内でかなりの改造を受けてるのでご注意ください。
非人間型の偵察ロボットと監視カメラをタイムストッパーでやり過ごしながら進んでいると、にわかに警報が鳴った。照明が落ちて一瞬辺りが真っ暗になる。すぐに非常用電源に切り替わったが、ランプはやかましいブザーの音と共に赤く明滅し、合成音が人間の研究者たちへ本気の避難勧告を出し始める。小競り合いをしていたメタルたちが打ち合わせ通り本格的な攻勢に出たのだろう。といっても、彼らはあくまで囮なのだが。
内に入ってすぐの端末から、フラッシュはこの建物の詳細な地図を手に入れていた。それによれば、目標の部屋まではもうすぐだった。これも予定通り。ここからは時間との戦いになる。
フラッシュはこわばった顔をしている兄のヘルメットをべしんと叩いた。
「なにすんだよ」
無論痛みは全く無いだろうが、クラッシュはようやくこちらの注意を向けてくれたようだった。「急ぐぞ」と言って先導するように走り出すと、がしゃんがしゃんと重い足音が付いてくる。
「兄貴、もうすぐ出番だ。ぼさっとすんなよ」
「してない」
「気負い過ぎなんだよ。一人ぼっちってわけじゃねぇだろ? 俺も可能な限りフォローするし、そもそも陽動がうまく行ってりゃ、敵が残ってない可能性もあるんだ」
まあ、中枢システムを守るためのロボットがいたら、そいつが囮に引っかかって留守にしているなんて状況は万に一つもありえないだろうが。
地図を見ても目的の場所がかなり広いのがわかる。また、周囲にある不自然な空白は何かを収めるためのものだ――おそらくは、ガードロボットを。
戦いが避けられるはずも無い。
「ぼさっとなんてしてない……」
「…………」
フラッシュとて神経がぴりぴりしているのは間違いない。後ろから聞こえた兄の不満げな呟きにささくれ立った精神が反応する。人間だったら青筋でも浮かべていたのだろうが、フラッシュはロボットなので眉間に深い縦皺を作るだけだ。
(メタルの奴、面倒な役目を押し付けやがる……)
脳裏で長兄へ文句を言いながらタイムストッパーで閉じようとする隔壁を停止させてすり抜け、巨大な電子頭脳が鎮座するメインルームへ飛び込む。
非常時でも電力供給が途切れることは無いのか、システムは稼動中だった。停止していた時間が動き出し、三つある入り口がずしんと閉じて即席のシェルターになった。フラッシュは走りながら首筋から何本もケーブルを引き出し、聳え立つ中枢のコネクターへ次々差し込む。
稼動中のプロセスが三つ。
常駐の攻性防壁、その背後でデータの閉鎖凍結が始まっている。が、でかい図体にふさわしい大掛かりなデータバンクなので、完全閉鎖までには多少余裕がある。フラッシュの相手はこの二つだ。
さらにこの部屋に侵入した者を撃退するためのガードロボットの起動プロセスが次々とランされていく。
≪クラッシュ、来るぞ!≫
≪――わかってる≫
口を動かすより電波で叫んだ方が早い。フラッシュの言葉、クラッシュの応答と同時に、周囲の壁から何体もの小型ロボットたちが飛び出してきた。
嫌な感じがするのはちょこまかとうざったいガードロボットたちではなかった。
フラッシュが侵入を試みているあの大きな機械――この部屋に入ったときから、クラッシュはずっとそればかりが気になっていた。
(なんか危ない感じがする……)
今はまだ大丈夫なようだが、何らかのスイッチが入れば、『あれ』はとてつもなく危険で厄介なものになるのだ。そんなものに弟が接続をかけているのがクラッシュは嫌だった。本音を言えば、今すぐ彼を――戦闘用ロボットの癖に戦いが苦手な青い装甲の弟を引っ掴んで離脱したい。もっとも、自分の両腕はドリルでしかなくて、彼を掴む事などできないのだけれど。
なるべく部屋や機械には損傷を与えないように、壁や床の近くではボムを爆発させないように戦うこと――出撃前によく言い聞かされていたことだが、これまでとにかく壊すことに主眼を置いた戦い方をしてきたクラッシュにはかなり難しかった。フラッシュは「ぼさっとしてる」などと言ったが、自分は一生懸命戦い方をシミュレートしていただけだ。
あと、回避行動の取れないフラッシュに敵が向かわないよう、爆風や破片が向かっていかないようにするのも結構辛い。普段ならば気にも留めない爆風や炎の向き、その強さ、気流、敵の位置、爆発のタイミング――探査し、予測し、計算すべきことは山のようにある。戦闘用に特化した電脳はまだまだ深い計算が可能だと告げているが、『クラッシュ』は数字との摩擦に悲鳴をあげている。
『守る』というのは、こんなにも難しいものなのか。
ただ戦うだけではダメなのだ。ただ壊すだけでは――
一体どれほどの数がいるのか、ガードロボットたちは倒しても倒しても沸いて出ては、システムへの侵入者――フラッシュに群がろうとする。当のフラッシュは攻勢防壁の突破に手こずっているのか、七秒前に左腕のタイムストッパーを第二の電脳として独立稼動させた。現在は十五本に分かれた指で嵐のようにキーボードを叩いている。
あそこまで行くと、タイムストッパーを使う余裕は全く無い。
クラッシュはちらりと弟を振り返ると、まなじりを決して第何陣になるのか解らない敵の群れを迎え撃った。
背後には無防備な弟がいる。
(ぜったい守る――)
戦闘モードの命ずる衝動のままに戦ってきた『クラッシュ』が初めて感じる強い思い――それは使命感だった。
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Fの右腕のバスターはあくまでバスターということにしました。うちのFは左腕についてる四角い奴がタイムストッパーです。左手の指はそれぞれ3本ずつに分かれ、片手でもすごい速度でキーボードが打てます。ケーブルからのコマンドと、キーボードからのコマンド両方できるということで。
展開する指ですが、攻殻機動隊で目にしてものすごいショックを受けた記憶があったりします。もともとTRPGで存在自体は知ってたんですが、いざ実際(アニメでも)動いてる姿を目の当たりにすると結構インパクトがありました。
Cはやや電波系。無口で表情が無くぼーっとしてますが、根っこはまじめ。端からは何も考えてないように見られがちですが、本人いつも真剣です。
Fは正体を隠してネット越しに多くのハッカーと交流があるので、兄弟の中では最も外部との接触が多いです。それゆえ精神面での経験は豊富で、うまく感情との折り合いをつけてる感じ。ナンバーが上の兄弟のことは一応全員「兄貴」と呼びます。呼び捨てたり「お前」呼ばわりもしてますが。
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