これでホントに最後です。長い話の終わりって本当に難しいですね……やってきた分だけ、たくさんのものを詰め込みたくなります。TRPGのキャンペーンでも、長くやればやった分だけエンディングが長くなる。
未練なんでしょうかね、コレ。
前半同様誤字チェックも後日です。
※後半もずっとメトレスしてますので、ご注意ください。
【追記】
いきなり修正。タイトルが「ALL」となっていましたが、よく考えたら違うので直しました。
7/15 誤字修正、あとがきへのリンク
【再構築_10_2 armistice】
冷たい機械の指先が頬に触れ、ロックは思わず声を漏らしていた。
「え……」
戸惑いと、自分の答えを受け入れて貰えたかもしれないという期待を抱いたのは一秒にも満たない時間だった。メタルマンは次の瞬間、おもむろにロックの頬をつまみ、容赦なくひっぱってきた。
むにーっと伸びる。
「いああああ――いい、いあい、ひぎれゃう!」
抗議するロックの声を聞いて顔を出したワイリーたちが亜然としたがメタルマンは完全に無視し、さらに十秒ほど伸ばしてから手を離す。
「な、何するんだよメタルマン!」
頬を押さえて当然の抗議をするロックに、メタルマンは淡々と言った。
「――異様に伸びるな。正直、気持ちが悪い」
「ひ、引っぱったの君じゃないかぁっ!」
涙目で叫ぶとメタルは一秒ほど考え、淡々と答えた。
「何故かそうしなければならないという、使命感のようなものを感じたのでな。バグかもしれん」
そういう彼の表情には悪意の欠片もなく、今のが攻撃の意志だったのか、それとも和解というか妥協の表現なのか、ロックには判断できない。
「や、やっぱり……怒った? 僕が答えを出せなかったから」
「怒ってはいない。俺は現在感情を全面的に停止させている。その俺が怒るはずがないだろうが。感情がないのだから怒りようがない。自明の理だ。何故貴様はそんなことを問いかける?」
「怒ってる、よ……それ」
「だから怒ってなどいないと何度言ったらわかるのだ貴様は」
「それが怒ってるって言うんだよ」
言い返したロックは、喜びが顔に出ないように必死だった。
メタルマンと、兄弟たちとやり取りするような調子で話せたのが嬉しかったのだ。
彼が感情を停止させた上でワイリーに同行するという話はライト博士からも聞いている。そうしなければここには来られないと思うほど、やはり自分のことを憎いと思っているのだろう。
仕方がない。なぜなら、自分は彼らの夢を潰したのだから。
――でも、嬉しいよ。
ロックはメタルマンの怪訝そうな無表情に小さく笑いかける。
――君とつまらない話が出来るのが嬉しいよ。
君の家族とも、話してみたいよ。
僕は君が怖かった。怖くて、少しだけ羨ましかった。
僕を睨んだ君の目は、本物の人間のようだったから。
君の心は、人間のように激しく強くプラスに、マイナスに、揺れ動いていたから。
君の問いかけは、本物だったから。
ロックは思う。
――僕は君や、君たちが嫌いじゃない。
君たちもやっぱり自分を造ってくれた人のことが好きで、家族のことが好きで、一生懸命夢を追っていたから。
やり方を間違えていると思うし、敵だったけど、嫌いになれない。大事な人たちと幸せに暮らしたいって気持ちは、僕が守りたいものと同じだから。
だから――
「これから、よろしくね?」
いろいろな意味を込めて差し出した手を、淡々とした視線が見つめる。
「意味不明だ」
「えっ?」
「一体『何を』『どう』よろしくすればいい?」
「そ、そんなこと言われても……」
一種の決まり文句なのだから、ニュアンスで伝わらないだろうか。ロックが狼狽えていると、メタルマンの肩にぽんと手が置かれた。背後には苦笑を浮かべたワイリーが居り、
「まあまあ、メタル……あまり苛めるな」
「苛める? 理解できません。俺はただ疑問しているだけです」
「なんだか懐かしいやり取りだね」
ライト博士の横から心配そうなロールが顔を出している。「だいじょうぶ?」と口パクで問われたロックが小さく頷き返していると、ライト博士が手招きした。
「まあ、入ってくれメタルマン。いろいろ説明することもあるから」
「了解しました。トーマス」
頷いたメタルマンは、ロックに一瞬だけ目礼して背を向ける。
「あ……」
声を掛けるまもなく歩き出した赤い機体は、研究室の入り口に立って中を一瞥するなり、横にいたワイリーに顔を向けた。
「……アルバート、一言よろしいでしょうか?」
「な、なんじゃ?」
ロックからはメタルマンの顔は見えないが、一体どのような表情をしているのか。淡々とした声音であるのに、ワイリーがやや顔を引きつらせている。
「正直、部屋が汚いと判断します。資料や工具の置き場所も滅茶苦茶で、このような状況下では存分な働きが出来ません。早急に、徹底的に、掃除をする必要があると判断します」
「でしょ? あなたもそう思うでしょ!?」
激しい同意の声を上げたのは、ロールだった。一瞬前まで警戒の目で見ていたメタルマンを素早く味方と判断し、手にしたハタキを上下に振りながら訴える。
「ライト博士一人だった頃もそうだけど……二人になってからは汚さの加速度が二人分の否じゃないの! その癖なんだかんだ理由付けてお掃除させてくれないし!! よくこんな汚い場所で仕事が出来るもんだわ!」
「アルバート、研究室の定期的な掃除については随分前に納得して頂いたはずですが?」
「「…………」」
二方向からの視線に両博士は目を逸らす先を見失う。メタルマンは迷走していたワイリーの視線を捕らえ、確認するように頷いた。
「では、本日の俺の最重要処理課題はラボの掃除と致します。宜しいですね?」
「う……うむ……じゃが……」
「宜しいですね?」
「今日はチェックしようと思っていたプログラムがあってな?」
「宜しいですね?」
「――……わかった」
うなだれるように了承したワイリーは、ライト博士のわき腹を「ほれっほれっ」と肘でつつく動作をした。ライト博士は汗の浮かんだ笑顔でロールを見下ろし、
「う……うむ。では、頼んだよロール」
「任せてください! メタルマン、掃除用具はこっちよ! もー、徹底的にやってやるんだから!!」
やる気満々のロールがメタルマンを連れて去っていく。ロックは、呆然と取り残された博士二人を見やった。
「……メタルマンて、戦闘用ロボットなんですよね?」
ロックも研究室の惨状は見かねてはいたが、メタルマンがいきなり「掃除する」と言い出すとは思っていなかった。あまりにも自分の知る彼の姿とはかけ離れている。
だが、ワイリーは自慢げに胸を張った。
「メタルはれっきとした高機動型戦闘用ロボットじゃ。だが、戦いを本分とするからといって、それ以外のことをしてはならないという決まりはない。ロボットには人間を遥かに上回る学習能力と機能拡張用のソフトウェアがある。自分の得たい能力を得ていくことは人間より容易いんじゃからな。特にメタルは家事全般から経理、ロボット開発補助、高度なプログラミングまでこなすオールマイティーな万能ロボットなんじゃぞ」
得意げに自慢する友人の姿にライト博士が苦笑した。
「ワイリー、小型の端末もあるし、掃除が終わるまでリビングで仕事をしよう。場所を変えるのも、気分が変わっていいアイデアが出るかもしれないからな」
「それもそうじゃな。まあ、今日はゆっくり企画でもするか」
リビングに向かう二人を見送り、ロックは呟いた。
「家事全般って……メタルマンが?」
「ロック、済まないがコーヒーを二人分淹れてくれないか?」
「あ! はい、ライト博士!」
小走りにキッチンに向かいながら、ロックは思う。
掃除をしていても料理をしていても、きっとメタルマンはメタルマンなのだろう。
戦闘用に改造された今でも、ロックがロックであるように。
「ただ、やれることが増えただけ……なのかな」
たくさんのことが出来るというメタルは、それだけ多くを望んだのだろう。
自分にも、望み、得てきた知識や知恵や、技能がある。
それを得たのは必然性からではなくて――
「大切な人のために……何より、僕がそれをやりたくて……」
――同じだよね。
同じだなんていったら君は怒るかもしれないけど、やっぱり。
「僕らは、同じだよ……」
立場は違っても、わかりあえると信じた気持ちは間違いじゃない。
そう確信しながら、ロックは頬が喜びに緩むのを感じていた。
結局、掃除は夜まで続き、両博士は一歩もラボに入れてもらえなかった。
ロールとメタルマンの手により、研究室は見違えるほど綺麗になった。今日一日で二人は互いに認め合う所があったのか、帰り際には『食生活で管理する、引きこもりがちな研究者の健康』という話題で方や熱く、方や淡々と議論を交わしていた。
ロールちゃんに先を越された――ずるい、という言葉が脳裏に浮かんでは消える。
激しく降っていた雨も、日が沈む頃には止んでいた。
帰宅する二人を家族と共に見送りに出たロックは、意を決してメタルマンに話しかけた。
「……あの」
「?」
黙って見下ろしてくる無表情に気圧されながら、ロックは言った。
「こ、今度、そっちに遊びに行ってもいい?」
「俺の許可を得る必要はない。拒む権利は俺たちにはない」
返された言葉は『嫌だけど仕方がない』という意味を内に含んでいた。
当たり前か――勇気で膨らませていた心がしぼむ。
「うん、そだね……ごめん」
「意味不明だ。謝られる理由がない」
メタルマンはそっけない言葉と共に背を向け、ケースと傘を手にして駐車スペースの方へと歩いていく。
ロックは傍らにいたロールに言った。
「ロールちゃん、メタルマンとどうやって話したの?」
「どうって……別に、普通に。あれやって頂戴とか、あっちからはもっとこうした方がいいとか。あのハゲ親父の面倒見てきただけあって、なかなかのモンだわ。私も勉強することあるし――そうそう。今度、安いけど量が多くて処理に困る食材を半分こしようって話がついたの。理論的にいけば、結構話が分かる人よ? 引いたら引いた分押してくるタイプだと思うけど」
いつの間に――と妹機のコミュニケーション能力に冷や汗を流しながらロックは納得もしていた。
メタルマンと話すには、引いた姿勢ではいけないのだ。向こうはこちらと仲良くする気がないのだから、話したければ自分から押していくしかない。
ワイリーの車のヘッドライトが闇を照らしながらやってくる。
ロックはそちらに近寄りながら叫んだ。
「遊びに行くよ! 嫌かもしれないけど……僕は、君たちのことを嫌いになれないから!」
車は止まることなく滑らかに道路へと滑り出、走り去った。
だが、ロックには見えた。敷地から出るために曲がった時、助手席に座るメタルマンは、こちらを見ていた。
頷きもなく、彼の視線はすぐにそれていった。
だが、無視はされなかった。
届いたのだと思う。
玄関の明かりの下に戻ると、ロールが首を傾げていた。
「ロック、今度あいつらの所に遊びにいくの?」
「あ、うん。約束はしてないけど……そのつもり」
「ふーん……」
興味のなさそうな相槌の後、ボソッと言う。
「じゃあ、私も行こっかな」
「えっ? ロールちゃんも?」
「べ、別にいいじゃない! 私だって、DWNに興味あるわ。決まりね!」
強引に話をつけたロールは、やや荒い足取りで家に戻っていく。
苦笑したロックは、車の去った闇をもう一度見つめた。
(いつか……)
彼らとも笑顔で話せる世界が来る。
「そう信じることが、僕の正義なのかな……」
呟きを残し、玄関のドアが閉じられる。
車内でイヤーレシーバーを外したメタルは、わずかに振り返ることで遠く背後へ去ったライト研究所を思い、敵である少年型ロボットと、古い友であるその兄のことを考えた。
己の正義を抱いた兄は世界の危機にも現れず、弟はそれを知らぬまま戦った。
今、弟が通るのは、かつて彼の兄が通った道だ。
だが、二人は境遇が違いすぎる。同じ答えを出すことはあるまい。
何故なら、正義とは数式のように唯一絶対の答えを持たない。
「どうしたんじゃ、メタル?」
「いえ……」
ハンドルを握るワイリーに問いかけられ、メタルは視線を前に戻した。
「同じ問いに対し、それぞれが違う答えを導き出すという現象について考えておりました。ありふれたことですが――興味深いものだと」
その返答にワイリーは眉を動かしたが、何も言わない。
メタルは軽く目を閉じた。停止させていた感情は、パーツを外したことで動き出している。フラットな表面の奥に、闘志と呼ぶべき物が熱を持ち横たわっている。
それが自分の本質であると感じながら、メタルは宿敵のことを思う。
(考えろ、ロックマン――お前が答えを出さずとも、俺たちは戦いを止めないのだから)
この一瞬は、次の戦いの舞台に繋がっている。
なんとも心躍る話ではないか。
横の窓ガラスには、薄い笑みを浮かべた己が横顔と、それを横目で見て同じ笑いを浮かべた主が映っていた。
世界は、つかの間の平和を謳歌していく。
――next to "ROCKMAN3"
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