2話目です。会話開始。
そういえば外見描写は極力おさえているのですが、このブルースはまだサングラスをしていません。あまり意味はないですが、それを踏まえてお読みいただけると嬉しいです。
【Machine guardian_02】
殺風景な部屋の端末に光が点り、モニターに回転する歯車が表示された。この研究所の管理AIがこの端末を操作していることを示すアイコンだ。
「ああ……お前か。別に、ちゃんと生きてるぞ」
《はい、確認いたしました。ですが、瞬きくらいはされたほうが良いと判断します。長時間瞼を開けていると視覚センサーに埃がつきますので》
「周期的な瞬きは自動のはずなんだがな……」
それほど深く思い耽っていたのだろうか。しかし、あまり楽しい思考ではなかった。ブルースはそこに戻るよりも、このAIと話すことを選んだ。
「時間はあるか? 話し相手になって欲しいんだが」
《問題ありません、ブルース様》
「『様』は余計だ。ブルースでいいさ」
《了解――……設定を変更しました。よろしいでしょうか、ブルース》
「ああ、そのほうが良い。それにしても、『お前』じゃ呼び辛いな。名前はないのか?」
《呼び名としての名前はありません》
迷いのない返答にブルースは鼻白んだ。
「……それじゃ、ワイリーはお前を何と呼んでいる?」
《アルバートは私を『お前』と呼ばれます》
「じゃあ、そうだな……」
ブルースは画面に目を留め、我ながら安易だと思いつつ、
「『ギア』……とかはどうだ?」
《申し訳ありませんが、拒否します。私は未完成です。アルバートは私が完成したときに名前を下さると約束されました。その日が来るまで、私にはいかなる名前も必要ありません。プログラム名はありますが、真名として私自身にも隠されております》
「未完成? お前が?」
ブルースは唖然とした。あらゆる環境の機械化が進んだ昨今、制御のためのAIは何処にでもいるが、これほど完成されたAIは見たことがない。この研究所で目覚めた後に受けた機能チェックや調整において、このAIはワイリーの助手として機器の操作やデータ管理を行い、思索するワイリーの話し相手にもなっていた。機器の制御はプログラムをインストールすればいいが、科学者の相談相手になるのは高度な応用と思考・会話能力がなければ出来ないことだ。
また、音声の合成にも慣れているのか、スピーカーから流れる声は肉声と間違えてしまいそうなほど違和感がない。もっとも、感情のない事務的な口調なのでかなり機械的な印象は受けるのだが。
「お前の一体何処が未完成だというんだ?」
疑いを晴らそうと思ったのか、『彼』は必要のない事情まで説明してきた。
《私は人型ロボットの中枢システムとしてインストールされたとき、始めて完成します。アルバートは長年心を持った人型ロボットの製造に関して研究を続けて来られましたが、トーマスに先を越されてしまいました。ですが、貴方と出会ったことによりそのノウハウを解析できました。私の完成も間近であると推測され、大変喜ばしいことであると判断します》
「そうだったのか……」
これでワイリーが自分をあれこれ調べていた理由がわかった。ただの善人でないことは一目でわかったので、自分を助けた理由がわからず困惑していたのだ。
では、こいつも自分と同じような道を辿るのだろうか。
『モノ』としての道を。
少し同情したところで、ブルースは違和感に気づいた。
「おい……お前、ワイリーとライトのことを何と呼んだ?」
《アルバートとトーマスですが?》
それがどうしたと言いたげだ。
「……ワイリーのことはともかく、何故ライトをファーストネームで呼ぶ?」
《以前本人からそう呼ぶようにと言われましたので設定を変えています》
「ちょっと待て……じゃあお前はライトの奴と知り合いなのか!?」
《長い間お会いしていませんが、面識はあります。彼は学生時代、アルバートの親友でしたので》
「学生時代……じゃあ、お前はもう数十年前も稼動してるっていうのか?」
《半世紀とはいきませんが、かれこれ四十年以上稼動しております。最も、大分プログラムの更新を重ねましたし、本体となる端末も数え切れないほど乗り換えてきましたが》
稼働時間とは経験を積み重ねてきた時間だ。ワイリーの助手として高度な思考判断を長年要求されてきたのならば、彼の能力も頷ける。意思持つ人工知性としては、ブルースとは比べ物にならないほど成熟しているはずだ。
「……じゃあ、大先輩だな」
《そうでしょうか? 将来私が人型ロボットのボディに入れば、今度はブルースが私の先輩になります。判断不能です》
律儀な返答に「人工知性としてはいつまでもお前が先輩さ」とブルースは笑った。
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