ぴくしぶより。
三成赤ルートEDで吉三妄想です。あんな状態の三成を大谷さんが放っておくわけないじゃない!という話。大谷さん青ルートとはやや矛盾しますが気にしたら負けです。
【泣くな幼子】
「三成、三成よ、何処におる?」
病で枯れた咽で名を呼びながら、ゆるりと輿を浮かせて友の姿を探した。死の気配の中に混じる濃い血臭を嗅ぎあて、そちらへ漂う。繰り返し血を浴びたせいか、あの男の肌は血のにおいがするのだ。病のにおいのする自分と似ている。どちらも好ましい死のにおいだ。
全てが死に絶えたような心地よい静寂の中に、ざり、ざり、と引きずるような足音が聞こえる。
「やれ、ここにおったか三成」
「刑部……」
念願の仇討ちを遂げたというのに、ようやく見つけた三成はふらふらと幽鬼のような足取りで彷徨っていた。幽鬼といっても、誰かに祟る気力も残っていない虚ろな霊だ。常に抑え切れない激情を宿してぎらぎらと輝いていた瞳はぼんやりとして焦点を定めていない。青白い頬を汚すのは返り血ではなく、その目から流れ乾きかけた一筋の血の涙だった。
「刑部……秀吉様に何と言って詫びたらよいのか、思いつかんのだ」
三成は叱られるのを怖れる子供のように何度も繰り返す。
「私は、私が生きるために秀吉様の名を使ったのだ。秀吉様の仇を討つと言って、秀吉様の軍を動かしたのだ。私が生きるためだけに……秀吉様に、皆に、何と言って詫びればいい?」
ため息が出た。全て終わったというのに、この期に及んで三成はまだ傷つき足りないのか。一瞬でも目が離せないとは、まさにこの男のことだった。放っておけば勝手に死んでしまう。手がかかると思いながらも見捨てることはできなかった。
権現が死んだとき、星が降った。この男が降らせたのだ。あの太陽のような男を殺して。
皆が平等に不幸になる世が来るというのに、三成は一人突出してより深い闇に沈もうとしている。
――引き上げてやらねば、平等にはならぬ。
ぶつぶつと呟いている三成の側にふわりと並ぶ。
「……三成よ。ぬしの行く先には我も行こうぞ。どうだ? これから冥府の太閤の下へ謝りに行くか? 共に頭を下げてやる」
心にもない言葉のはずだったが、不思議と口にした瞬間本当にそうしてやってもいい気がした。死にたくも死なせたくもなかったが、三成がどうしても死ぬのなら自分も死ぬのは当然の事に感じたのだ。
三成の反応は劇的だった。
はっと顔を上げ、激しく首を振る。
「そんなことは駄目だ! 貴様もこれ以上私のような愚か者に付き合うことはない!」
そう言う三成の目は捨てられる恐怖に怯えた子供の目だった。だが、この自分からすら距離を取ろうとするなど、よほど重症らしい。言葉どおりに突き放されたらそれこそ死んでしまうような顔をしているくせに。
心にもない言葉――否定して欲しくて口にする。
相手が否定してくれることがわかっていて口にする、ある種の駆け引き、甘え。
わかっている。自分も三成も、死に向かい続けながら本当は生きる事を望んでいた――今も。
だが、己の中に生を望む気持ちを見出してしまったがゆえに、三成は苦しんでいる。
その融通の利かなさゆえに、いつでもこの男は勝手に苦しみの沼に嵌ろうとする。
ならば、言い訳を与えるのみだ。生きていて良い、という言い訳を。
(われの場合は、三成か……)
布の下で苦笑せぬよう気を使いながら、ふうとため息をついてみせる。
「これは困った。ぬしはわれの唯一の友よ。ぬし無くしてはわれも生きる甲斐がない。なれば、ぬしが死ぬならわれも付き合うと言うておる」
「そんなことは……だめだ、刑部……貴様は、死んではならん……」
途方にくれた顔で呟く三成の髪を撫でてやると、大人しくされるがままになっている。誰かに触れられる感覚に縋るように目を細める様を見れば、半ばあの世に漂いだしていた心がこちらへ戻りかけているのだとわかる。
もう少しだ。
この場で完全に翻意させなくてもいい。
しばらく誤魔化せればそれでいい。
自分は決してこの男から手を離すことはないのだから、少しずつゆっくりと引き上げて、生かしてみせる。今までそうしてきたように。
触れたら指が切れるのではないかと思わせる白刃色の髪を梳きながら、この男に死なれたくない一心で舌をひらめかせる。
「なあ、三成よ。太閤への詫びの言葉、われも共に考えてやろう。だから、な……もう泣くな。戻って休め」
なんとも子供だましの言葉だが、この子供のような男はこくりと頷いた。
やれ、この場は言いくるめられてくれたか。
(まったく、これを残してはおちおち死んでもいられんわ。難儀なことよ)
胸中でついたため息は、しかし笑みを含んでもいた。
三成が自分の存在を言い訳に使ってくれた事が嬉しい。
三成を言い訳に生きる自分がひどくおかしい。
互いを言い訳に使いながら、これからもわれらは生きてゆくだろう。
欺瞞に満ちた命が、今はただ愛しかった。
[1回]
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