9000行きましたね。5000のお礼を何にしようか考えてもないのにorz
夜道を歩いていたらネタを思いついたので、我慢できなくて一本書きました。クリスマス話ですが、若ワイリーです。DWNは出てきません。メタルの裏設定に関係しますが、メタルマンとしての描写はありません。
OKな方はどうぞ。念のため反転させておきます。
【番外:いつかのクリスマス】
雪の降るある夜のこと。街はちらほら降ってくる白い塊などにはめげもせず、どこもかしこもクリスマスの準備に沸き返っていた。色とりどりのイルミネーションに照らされた街は一向に眠る気配はなく、無数のスピーカーが街にサンタがやってきたと歌い、一月も前から飾られていた気の早いクリスマスツリーの前で写真を取る人々がいる。
その人ごみの中をうつむき加減で足早に歩く男がいた。年齢は若く、まだ青年と言って良いだろう。細長い体を黒いフエルト地のコートで包み、首にモノクロストライプのマフラーをぐるぐる巻きつけ、手には夕食らしき惣菜の入った買い物袋を提げていた。夜だと言うのに真っ黒なサングラスをかけ、その下で鋭い瞳がお祭り騒ぎのようなイルミネーションをちらりと見やる。
彼が左耳に突っ込んだイヤホンが電子合成された声で言った。
《大学が懐かしいですか、アルバート?》
アルバートと呼ばれた青年はわずかに面白そうな顔をして小声で問いかける。
「何故そう思う?」
《大学の頃は毎年ツリーの飾り付けをするのを随分楽しみにしていたようですので、そのように判断しました》
「専門外のことについても複雑な判断を下せるようになってきたな」
平坦な声が紡ぐ回答に、青年は目を細めて笑った。
彼の掛けているサングラスは属に多機能データグラスと呼ばれているものであり、バリバリの改造が施されたそれからは細いケーブルが延びており、ケーブルは途中でイヤホンのそれとよりあわさって、懐の小型端末に繋がっている。その端末には彼が『箱の中の友人』と呼ぶAIがいた。大学にいた頃に彼が自作したAIで、目下のところ唯一の話し相手でもある。
アルバート・W・ワイリーという名のこの青年は、大学にいた頃からもその偏屈かつ激しい気性とある種荒唐無稽ともいえる理論で孤立しがちだった。彼は卒業後どこかの企業に才を買われる事を良しとせず、研究所に入ることも拒んで世界中を放浪し始めたのだ。
箱の中の『彼』は、創造主である青年にくっついて旅をする羽目になった。
世界中の主要都市を片っ端から訪れた。七不思議も全部見たし、他にも『世界七大』と名のつく物は片っ端から制覇した。アマゾンの密林に連れて行かれたときは、本体である端末に水が入って危うくデータが吹っ飛ぶところだった。
感情のないAIである『彼』は、そのことについて主を恨む気持ちなどまるでない。それゆえ、自分たちが旅先で見聞きしたことに関して感想を求められていつも困った。『場の雰囲気』などというものは彼には感じ取ることは出来ないし、『思いを馳せる』などという感覚とも無縁だ。人間であればさまざまな感情を誘発するであろう五感も、『彼』にとっては単なるデータでしかない。
それでも主は、アルバートは、『彼』の感想をしつこく聞きたがった。目の前にあるデータから思考を広げるよう促し続けた。
その結果からなのか、現在の『彼』は主に求められなくても思考をめぐらせることができる。先の質問も、『主がクリスマスツリーを見た』事から推測したことだ。確かに昔の自分であれば、主の目の動きなどにいちいち意味を見出す事は出来なかっただろう。それを思えば、自分も成長したのだといえなくもない。
家族連れや恋人たちで賑わう街の中でただ一人連れもなく、待っているのは愛想のない貸し部屋であり、そこへ戻れば惣菜屋で買ってきた冷たい夕食を取るだけで誰かとクリスマスを祝う予定もない青年は、それでもなかなかに機嫌が良さそうだった。
「先ほどの質問に答えようか。確かに、懐かしくないといえば嘘になるな。あの頃は随分無茶もしたし、クリスマスは馬鹿馬鹿しくも楽しいお祭りだった。お祭りといえば、毎日がそうだったともいえる。それが今や、私は祭りの傍観者でしかない」
それでも、青年をクリスマスパーティに呼んでくれる稀有な人間は一人だけいて、その人物はたとえ世界中を放浪し住所不定であっても端末だけは決して手放さない青年に毎年欠かさずクリスマスには家に遊びに来いと誘うメールを送ってくる。
メールソフトと同じ端末に収められている『彼』には、差出人が大学時代、主の親友でありライバルであったトーマス・ライトという青年であることも、主がたとえどんなに暇であっても断りの返事を出していることを知っていた。
主はトーマス・ライトに対して随分と複雑な感情を抱いているらしかった。尊敬と軽蔑、好意と憎悪、親近感と隔意――人間は矛盾をはらんだ生き物である。そういうものだと『彼』に教えてくれたのは、他ならぬ主だった。
だから、ツリーを見て昔を懐かしむくらいなら、意地を張らず友人のクリスマスパーティに行けばいいと提案することは『彼』には出来ない。行きたいという気持ちも行きたくないという気持ちも理解することは出来ないが、主がそのどちらの感情も抱いているということは分かるからだ。その上で行かないという判断を下しているのだから、自分には何も言うことなどないはずだ。
だが、『彼』は言った。
《あなたは概ね『祭り』の中心にいました。傍観者となったことを寂しいとは思わないのですか?》
ふ、と青年は笑った。切りつけるような真冬の夜に白い呼気が踊る。空から落ちてくる雪を見上げ、舗装された地面で数知れない靴に踏みにじられてべしゃべしゃしたその末路を見下ろす。
相変わらず人通りは途切れず、複数のクリスマスソングがあちこちから流れて混ざり合い、過剰なイルミネーションで星も見えない。
祭りの気配の中で一人取り残されたような青年は、何がおかしいのかふ、ふ、と小さく笑っていた。
《アルバート?》
主の精神状態の管理も『彼』の仕事だ。控えめにとはいえ、突然笑い出した青年を怪訝そうに見やる通行人だってゼロではない。
AIである自分に『心配』などという感情はない。寂しくないかという問いとて、『気遣い』などではなくただの疑問だ。イベントの中心にいた人物が、今やイベントを外から眺めるだけの立場になる。イベントに楽しさ感じていたのなら、その人物は寂しさを憶えるはずである。
だから、「あなたは違うのか?」とそう聞いただけだ。
何がおかしいのか。
《アルバート、何故笑っているのですか?》
主は答えず、代わりにひとつ前の質問に答えた。
「別に寂しくはない。私にはお前がいる」
《――私は人間ではありませんが?》
「同じことだ、私にとっては」
二人の間で何度も何度も繰り返されたやり取りだった。
『彼』は同じことを問い、主は同じ答えを返す。
だが、主の声の調子や表情はその時々で違う。
「去年のお前なら、そんな質問などしなかったぞ?」
主は嬉しそうだった。嬉しついでにこんなことを言い出す。
「そうだな……たまにはトーマスの奴にカードでも送ってやるか。あいつ引っ越したりしてないだろうな」
《今年の招待状でも、会場は同じ住所でした》
「ならよし」
主が嬉しそうなら自分も嬉しい――などという感情はない。
だが、『良いこと』だと判断することはできる。
この世に生み出されたことも、主と一緒に世界を旅することも、自身のプログラムが日々複雑に変化していくことも、『良いこと』だ。
雪は降り続け、歌は流れ続け、街の明かりは朝まで消えない。
来年も、その次の年も次の次の年も、これから先もずっと、自分は主と共にあるだろう。
それはとても、『良いこと』なのだ。
心のない自分を友と呼ぶ、この青年がいる限り。
+++
箱の中の彼の端末はノーパソだったりもっと小さかったりします。何とか小型化できないかとワイリーは試行錯誤を凝らしてると思われ。
後半何がいいたいのか自分でも分からなくなってきたんですが、ぱっと思い浮かんだのは、夜の街を歩くワイリーと、その耳に突っ込まれたイヤホンと、そこから聞こえてくる『彼』の声というだけでした。
なんとか形にならないかとあがいてみましたが……上手くまとまらず残念な結果に。
読んでくださった方、ありがとうございました。[1回]
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