続きです。完結(?)編です。片思い好きです大好き。エレキさんごめんなさい。
グロ描写ではないですが、やや近いものがあるのでご注意下さい。あとやっぱり意味不明でまとまりが悪いです。
【ただ、きみの強さを呪う_02】
一瞬の瞑目の後、クイックマンは言った。
「……どうしてもって言うなら、一発だけ食らってやるよ。お前の攻撃」
「な、何を言って……」
驚きの余り言葉が続かない。自分はそんな事をしに来たわけではない――いや、本当にそうだろうか。自分の挑戦を素直に受け入れるような相手ではないと、わかっていたはずではないか。原子力発電所の管理という任務のために与えられた、自慢の思考速度と判断能力で。
だが、抵抗しないクイックマンを一方的に痛めつけるような展開を望んだわけでもない。それは有り得ない。
では自分は一体何のためにここへやって来たのか。
混乱するエレキに、クイックは淡々と告げた。
「俺の役目はこの研究所に敵が侵入しないようにする事だ。俺が一発食らうことでお前が帰ってくれるんなら、俺の役目はそれで果たされる」
「どう……どうしても、私と戦わないつもりですか」
「今、ワイリー博士はそっちの預かりなんだ。下らねぇ果し合いに付き合って、親父に迷惑かけるわけにはいかねぇだろ」
クイックマンの顔に表情は浮かんでいない――だが、瞳には悲しみと怒りがあった。『親父』というのは製作者であるワイリーのことだろう。軽んじた呼び方ではなかった。彼は大切な者を奪われている状況に憤っているのであり、エレキとまともにぶつかり合う気はさらさらないのだ。
「避けないからさっさと撃てよ。それとも、自分の力に自信がないのか?」
真正面に立って、真っ直ぐその目を見ていても、自分は彼の前にはいないも同然の存在――立ち去ればすぐに忘れられてしまうのだろう。
どうでもいいデータとして、記憶野のゴミ箱に放り込まれる。
そして、再び出会った時彼はこう言うのだ。
『誰だお前?』と。
それは耐え難いことだった。無抵抗の相手を攻撃する卑劣さを飲んででも、せめて彼の記憶に自分を刻み付けてやりたい。
もうそれ以外のことが考えられなかった。
「いいでしょう……コアまで痺れさせてあげますよ」
言葉と共にサンダービームのセイフティを解除、戦闘出力でチャージを開始する。システムはチャージが終わるまで五秒と告げた。通常、エレキはサンダービームをチャージせずに撃つ。単発でも十分威力はあるし、戦闘中であれば溜めに時間がかかりすぎてまず役に立たないからだ。だが、クイックが避けないというのなら問題はない。
ワイリーに改造され暴走していたDRNは、暴走を促すワイリーチップを取り除かれてからも戦闘プログラムはそのままにされていた。武装にも通常は安全装置がかかっているが、いざとなれば自分の意思でそれを解除することができる。
正義のロボットであるDRNが戦うことを選ぶなら、それは人間を守るため――そう認識されているからだ。
(では、私は一体何なのだ……?)
迷う間にエレキの両手が青白く放電を始める。暗い夜道が真昼のように明るくなり、輝きが薄汚れたビルの壁を不吉に蠢き踊る。
クイックマンは恐れた様子もなく自然体で立ち、じっとこちらを見ていた。
チャージが完了する。
さらにプロテクトを外せば、回路を暴走させてさらなる威力を望むことはできる。クイックマンを消し炭にすることくらいはできるだろうが、周囲への被害は恐ろしいものになるし、エレキも大破するだろう。
そこまでする必要はない。だから、周囲にあまり迷惑がかからない程度の威力で――そんな配慮をしてしまうのは、きっと自分がライトナンバーズだからだ。
ただ、思い知らせてやりたいだけ。自分を忘れるなと。
望みはそれだけだ。
「サンダービ――――ムッ!!」
両手から青白い稲妻を放たれ轟音と共にビルのガラスが全部割れた。ビルの明かりがショートして消え、闇の中で空気が帯電してぱりぱりと音を立てる。
やがてビルの明かりが明滅しながら再び点った。
クイックマンは腕を交差させて顔と胸元をかばっていた。彼の立っていたコンクリートの地面が焦げている。
ぎし、と軋む音を立てて腕を下ろしたクイックマンはわずかにふらつき、しかし倒れなかった。人工皮膚の表面は黒焦げになり、赤い装甲表面の絶縁コーティングが熔けて地面に滴った。
彼は顔に滲んだ赤い皮下循環液を指で拭い、じろりとエレキを睨んだ。
「言うだけあってチャージすりゃなかなかの威力だな。だが、この程度じゃコアまで痺れるのは無理だ」
視覚センサーが破損したのか、右目にはひびが入り、左目は白く濁っていた。そんな無残な有様でも、眼光にはいささかの衰えもない。
「満足したか?」
吐き捨てるような言葉に含まれているのは『蔑み』だろうか。
「これで、お前の安っぽいプライドは満足したか? したなら帰れ」
「驚きましたよ……」
エレキは声が震えないようにするので必死だった。虚勢を張っているのは攻撃した自分の方なのだ。
「ワイリーナンバーズが、しかも最強と謳われたあなたが唯々諾々と敵の一撃を受け入れるとはね」
「その程度の挑発で買えるほど、俺の誇りは安くない。ただ、お前みたいな下らないロボットが自分のベースだと思うとうんざりする」
それきりクイックマンはエレキに興味を失ったように背を向けた。
「帰れ、ライトナンバーズ」
「私はエレキマンです」
「知るか。お前の名は覚えるに値しない」
痛々しく焼け焦げた横顔の中で、壊れた視覚センサーがそれでもどこか遠くを見ていた。
こちらを映すくせに気に留めることもない、忌々しいはずのその目。
(嗚呼……痺れたのは私の方か)
春の日差しのような優しいロックの目も、夏空のようなロールの目も美しいとエレキは思う。けれど、自分はクイックマンの気高く凛然とした目に心を射抜かれてしまった。
その美しさは、磨きぬかれた刃の持つ高貴さと危うさだ。
(兄姉の純粋で朗らかな美しさとは違うが、遥かに強く私の心を揺さぶる……)
こんな感情を得るのは初めてだ。
クイックマンはエレキを覚えていないだろう。確かに今夜の自分は惨めで情けなく、愚かしかった。人々のためではなく自らのために力を行使したエレキは、もはや工業用ロボットではない。
ライトナンバーズ最高傑作なのはエレキマンの性能であって、中身ではないのだ。
そして、性能と心と行動と――全てにおいて、自分は彼が記憶するに値しない存在なのだ。
(彼は私を覚えないだろう)
何より耐えられなかったのは、自分をベースにした戦闘用ロボットが存在することよりも、弱いと切り捨てられたことよりも、負けたことよりも、そのことだったのだ。
巻き起こる感情は、ただ彼に自分の名を呼んで欲しいという執着に近い思い。
これは多分、恋だ。
自分は彼に恋してしまった。
おそらく、ずっと前に――彼に負けたときに。
愚かな自分は、それに気づいていなかっただけなのだ。
戦いたいだなんて嘘だ。単に、会いたかったのだ。彼の瞳に再び射抜かれたかったのだ。それだけだ。雪辱を果たすだなんて自分を誤魔化して――馬鹿馬鹿しい。
ふと顔を上げて周囲を見回したが、まだあの研究所から二ブロックほどしか離れていない。サンダービームの音にも騒ぎが起きていないところを見ると、あまり人気のない地域なのか、住人が厄介ごとに慣れきっているのか、どちらにせよ力を使ってしまったエレキにとっては好都合だった。
クイックマンの横顔を思い出す。
彼は、曇った目で何を見ていたのだろう。ひどく切なげな眼差しだった。
その目を自分に向けさせることができるのなら、何を引き換えにしてもかまわない。彼が欲しい。欲しい。欲しい。彼のすべてを自分のものにしたい。
狂ってる。
(こんな事では、休暇が終わっても仕事に戻れないな……)
ライト博士に頼んで、この感情を消してもらおうか。
(そうだ……それが良いに決まっている)
こんな狂気が恋だというのなら、強く美しい彼の瞳を呪うしかないではないか。
+++
自覚編でした。ヤンデレなSってタチ悪いな。エレキさん大好きですよ、ラブラブにしてあげる気はこれっぽっちもないんですが(爆)忘れさせてくれなんて、結局言い出せないと思います。
時系列的には次の「独りで踊れるならここに居る必要も無い」に続きます。
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