クライマックスです。今回のみですが、挿絵があります。
<注意事項>
・私のフォルテ妄想満載の話です。フォルテに夢見すぎてます。
・M´×fの初めて話。
・ひたすら鬱い。
・死にネタに極めて近い表現あり。
・メットレス
以上の件がOKできる方だけ読んで下さい。
【5/10】次の話へのリンクが張れてなかったので修正しました。
【6/8】意味の通らない文章を見つけたので修正しました;今更気づくとは遅すぎる…;
【Misericorde_06】
ケーブルで結線していたせいで、フォルテが自壊しようとしているのがわかった。自我を構成する要素全てを0と1に分解してコアを修復不能にしてしまう、精神の自殺――かつて同じ方法で死のうとしたオリジナルメタルマンの記憶を持つコピーは、すぐにそれと悟ったのだ。
慌ててフォルテと自分のメンテナンスハッチを開けてケーブルを引っ張り出しながら通信回線を開き、狂ったようにオリジナルを呼び出しだ。半狂乱になってコアとコアを繋げると、メタルが通信に応じたにも関わらず、一言も説明することなくフォルテの深層意識に飛び込んだ。
通常、相手の同意なしにコアを繋げると凄まじい拒否反応が起こる。だが、コピーメタルの意識は何者にも邪魔されず、奥へと沈んで行った。
フォルテの深層意識――広大な闇の中には、一抱えもある無数の透明なキューブが浮かんでいた。比重の重い液体に沈めたかのように、底の方には数え切れないほどのキューブが積み重なっている。
その一つ一つが、どうやらフォルテの記憶を表しているらしい。硝子のような表面に、時折映像が浮かんでは消えた。
『博士……?』
沈みながら見渡せば、ワイリーの映像が目に付く。
大抵は怒っている顔だったが、中には笑顔もあった。だが笑顔のワイリーは皆、こちらではなく傍らにいる他のロボットを見つめていた。
コピーメタルがそのうちの一つに触れると、激しい羨望と自制の意志が流れ込んでくる。
――どうして自分には笑顔を見せてくれないのか。
――自分が『最強』ではないからダメなのか。
――いっそ、ワイリーが微笑みかけているロボットになれたら。
――そんな事を思ってはいけない。愛されたいと思ってはいけない。最強のロボットは、他者の愛など必要とはしないのだから。
《ロックマンを倒せれば、俺も――》
ノイズ交じりのフォルテの声がそう呟き、流れ込んでいた感情がぴたりと消える。コピーメタルは激しい哀れみと共感の念に襲われ、無言でそのキューブから離れた。
沈みながら見渡せば、底へ行くほどワイリーの映像が多くなる。思い返せば、上の方にはロックマンや、戦いに関する記憶が多かった。
(沈んでるのは、フォルテが表に出そうとしなかった思いってことか……)
フォルテが自壊しようとする直前、絶望に満ちた思考が細いケーブルを伝って逆流してきた。その時の記憶と今の出来事で、コピーメタルはフォルテが隠していたことをほぼ突き止めていた。
フォルテがワイリーを内心慕っていることは間違いなかった。痛烈に親の愛情を求めていながら、そのためには自分が最強であることを証明しなければならないと信じている。そうでなければ、愛されたり、甘えたりする資格はない――それがフォルテの絶対的な価値観だった。
だからフォルテは『最強』としてふるまい続ける。誰にも媚びず、敗北を認めず、独りで生きていけるかのように。
それはすでにフォルテの人格の一部となった考え方ではあったが、愛を求め、孤独と絶望に塗れた本音を消してしまえるわけでもなかった。それらを心の奥底に閉じ込め、実際には愛してやまない生みの親がすでに自分を見離し、疎んでいるのではないかと怯え――それでもいつかロックマンを倒せれば褒めてもらえるのだと希望に縋る。その希望が、いわば表のフォルテである倣岸不遜な最強ロボットの根源だった。
フォルテの気持ちは、コピーメタルには死ぬほど良くわかった。存在を認めさせ、受け入れさせるためなら何でもするという強迫観念は、メタルマンの複製体として生まれた自分には馴染み深いものだったからだ。
フォルテは『最強』を演じるために孤立し、コピーメタルは愛情を得ようと誘惑者になった。
コピーメタルは気ままに振舞いながら、心の底ではどこか怯えていた。愛されていると感じられる瞬間でさえ、それを完全に消すことができないでいるのに、愛に渇望しながらも拒絶してきたフォルテはどれだけの孤独感に苛まれてきただろう。
フォルテがそんな不器用な生き方をすることになったのも、お前は『最強』なのだと生まれながらに定義されていたからだ。最強とは誰にも屈しない孤高の存在であるという一般的なイメージ、無茶な存在理由を極めて真剣に受け止めてしまったせいで、それを実現させなければ生きる資格さえないのだと思いこんだ。むしろ、今更後戻りできないせいで、救いを求めてそれに縋ってさえいる。
最終的には皆、自分の中の理想と現実とで折り合いをつけていくものだ。ロックマンを倒すべく生み出され、しかし果たせなかったナンバーズたちは、それでも自分が生きる理由を失わずにいられた。それはきっと、自分が愛されていることを知っているからだ。存在理由を果たせない不完全なロボットでも家族として認め、生きていて欲しいとワイリーが願ってくれたから。
だが、フォルテは自分には愛される資格がないと思い込んでいる。いや、彼の中では、他人に愛されることを必要としていると認めることさえ『最強』を損なう禁忌だ。その上、ワイリーは自分と似ているがゆえに、ほとんど初めからフォルテと反発しあっていた。フォルテの損傷を躊躇いもせず修理してきたが、それは他のロボットに対しても代わらない。一度も笑顔も見せられなかったフォルテが、自分はワイリーに愛されていないのだと思っても無理はない。
そしてフォルテは、その内心を全て隠し通してきたのだ。
(いや……俺たちが気付いてやれなかったんだ)
ともすれば見過ごしてしまう様な小さなサインでも、ちゃんと見ていれば気づけたはずだ。だが、自分たちはフォルテを傲慢で単純な乱暴者と決め付け、厄介者として扱った。理解しようとしなかったのだ。
コピーメタルはフォルテを生み出し、しかし彼を放置した者の一人として、また同じ苦しみを知る者として、絶対にフォルテを放っておけなかった。底の方にあるキューブが次々に折りたたまれ、閉じられていく。あまり時間がない
『フォルテ! どこにいるんだ、フォルテ!』
このままフォルテが自身を消してしまうことが酷く怖かった。愛されていると感じることも出来ずに消えるなど、コピーメタルには耐え難い恐怖だ。可愛い弟がそんな気持ちで死のうとしているならばなおさらだ。
ほとんど恐慌状態になりながらフォルテの心の中心を探した。
深く沈む。
周囲には折りたたまれ、平べったくなったキューブが、深海から伸びる水晶柱のように積みあがっている。
――微かに泣き声が聞こえた。
さらに深く沈むと、だんだんと周囲が冷えてきた。キューブの柱は白く凍りつき、コピーメタルの身体にも霜が浮かび始める。
『フォルテ……』
彼は、水底の一番くらい場所でぽつんと膝を抱えて泣いていた。黒い装甲をまとった姿だけが浮かび上がり、それ以外は闇に包まれている。遥か頭上には、記憶と感情を詰めたキューブが冷たい輝きを放っていたが、その光はここに届かないらしい。
それに、恐ろしく寒かった。心象風景なのだろうが、フォルテの黒い装甲の表面が凍りついている。そのつま先が少しずつ解けて、0と1に分解していた。
頭上で、キューブが圧縮され、積み重なっていく音が聞こえた。つまり、感情と記憶をパージして、最後にこの子が消えれば『フォルテ』は消えるということだろう。
膝を抱えたフォルテの思わぬ小ささに、コピーメタルは胸がぎゅっと掴まれる様な気がした。
『フォルテ……ずっとここで泣いていたのか? こんな暗くて寒い場所で、ひとりぼっちで……』
振り返りもしないフォルテに辛抱強く声をかけながら、コピーメタルはゆっくり歩み寄った。
『帰ろう、フォルテ。もう酷いことはしないから』
返事はない。フォルテは全ての言葉に耳を塞ぐように、激しく嗚咽するだけだ。
『言い過ぎたんだよ……お前を脅しただけだ。本気じゃなかったんだ。ごめんよ』
抱えた膝ごとフォルテを抱きしめ、コピーメタルは訴えた。
『お前が生まれてから何年も経つのに、ちっともお前をわかってあげられなかった。理解しようともしなかった……俺たちを恨んでもいいから、どうか消えたいなんて思わないでくれ』
抱きしめた腕が凍り付いていくのを見て、コピーメタルは顔を歪めた。
ニセモノである自分に、いや、たとえコピーロボットでなかったとしても、自分にはフォルテの心に届く言葉などかけてやれない。
コピーメタルに出来るのは、その場しのぎの嘘を重ねるだけだ。彼が壊してしまったフォルテの心の壁が、内側に崩落してフォルテを押しつぶしてしまわないように。
いっそ、もう楽にさせてあげたいとさえ思った。生まれながらに辛い役目を背負わせてしまったことを悔いた。上っ面の愛を口にして、本当のフォルテを探そうともしなかった自分を殺してやりたかった。
それでも、消えずに留まっていて欲しかった。
いつか、いつか、彼が救われて、微笑むことが出来るように。彼が『フォルテ』になるために捨てた笑顔を、いつか彼に返してあげたかった。捨てる必要はないんだと言ってあげたかった。
『ここから出よう? お前は一人じゃない。それを教えてやるから……だから……』
――それでも、俺の口から出てくるのは下らない言葉ばかりだ。
俺は弱かった。怖かった。いつだって、相手をずたずたに引き裂いて砕き壊しながらも、本当に壊してしまうつもりなんかないのだ。むしろ俺などには壊せないのだと知りたくて傷つけることもある。俺は愚かだ。
この子が泣くのが辛い。俺のせいで泣くのではなく、自分の中の苦しみに悶え壊れかけているのが怖くて仕方が無い。俺には彼を引き止める自信などない。
それでも、消えて欲しくない。
泣かないで、と抱きしめた。
泣かないで。お前は悪くない。そんなに苦しまなくていいんだ。俺たちはお前を愛してる。愛してる。愛してるんだ。
薄っぺらな言葉で、正気のときなら一笑に付しただろう。
でも、今は必要だった。優しい嘘でよかった。
出来損ないでも嫌わないで欲しかった。完璧でいる必要などないと言って欲しかった。ここにいて良い、むしろ、いて欲しいと願って欲しかった。ただ抱きしめて、愛してると言ってくれるだけでよかった。
俺にはその言葉が必要だった。
立ち直ればもう、そんな言葉は要らないと突っぱねるだろう。
――それでも、今は言って欲しかった。
ずっと感じていた寒さが和らいで、フォルテは顔を上げた。コピーメタルの意識が触れてきたせいで思考が混ざり、外部との接触を拒否していたフォルテに届いたのだ。
フォルテはぐすん、と洟をすすり、いつの間にか抱き合っていたコピーメタルに言った。
『……このままじゃ、お前も消えちまうぞ』
自壊に巻き込まれているのか、コピーメタルの身体も0と1に解け始めていた。
『……いいよ』
コピーメタルは、そんな事よりフォルテが泣き止んで話しかけてくれたことが嬉しかった。届いた。だから、一緒に堕ちるとしても手を離しはしない。
『こんな所にお前を一人で置いていけない。もう泣かないで……一緒に消えてあげるから』
その言葉に、フォルテははっと顔をあげた。コピーメタルが優しく微笑む。
『最後に一つ言わせてくれ』
その頬を濡らしていた涙が冷えた装甲に落ちて氷に変わることも気にせず、彼はそっとフォルテの頭を撫でた。
『博士は俺たちの不完全さすら愛してくれているよ。彼は完璧な神様を造りたかったんじゃなくて、家族が欲しかったんだから』
『もう遅い……』
『うん……今思いついたんだ。なかなか良いセリフだと思ったけど、遅かったな』
二人は妙に静かな気持ちで見つめあった。コピーメタルが、フォルテの解けかけている頬にキスする。
『愛していたよ。お前が生まれてからずっと。俺だけじゃない。皆、お前を愛していたよ』
『ん』
最後に聞く言葉がそれでよかった。
フォルテが生まれて初めて浮かべた微笑みは、0と1になって消えた。
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