ぴくしぶより。
ルートはアニキ緑ルートで、刑部も毛利も生き残った場合の話になります。プロット段階では全12話予定。
吉三、親就前提で、やや家→三。
この5人以外はあんまり出てきませんが、オリキャラが出てくる予定。
※いちおうやってる描写ありますが、温いにもほどがあるので表においておきます。
【スタンド・バイ・ミー_01 闇色の誓い】
「家康ッ! 家康ゥウウウッ!! 殺してやる! 殺してやる――ッ!!」
激しく振り続ける雨音さえかき消すほどの叫びが夜闇を激しく引き裂いていた。
その絶叫に怯える者もあったが、多くは瞳に共感の色を浮かべていた。
彼らの主、天下を統べる覇王となるはずだった偉大なる豊臣秀吉が討たれてから半日も立っていない。
秀吉は、配下であったはずの徳川家康に殺された。
それも、戦場での裏切りによって。
徳川の追撃を逃れて引いた豊臣の支城の一つ。その一室で三成がわめいていた。
「おのれ家康ッ……よくも、よくも、よくもッ!!」
「…………」
吉継は濡れた髪を拭ってやりながら、刀を抱いて全身を震わせる三成の背をじっと見つめていた。
秀吉が死んだときからずっとこの調子なのである。大将を失った軍勢を纏めてここまで下がらせたのは、すべて吉継の采配だった。三成は襲い掛かる兵を片端から切り倒し、憎しみと怒りを叫び続けた。呆れるほどの体力に思えるが、それはまやかしだ。濡れて凍えた身体には、もはや欠片ほどの力も残っていないはずである。単に叫んでいなければ正気を保てないだけだ。憎悪を燃やしている間は、現実を見なくて済む。自分がどれほどの物を失ったのか、突きつけられずに済む。吉継にはその心理がよくわかった。
ドス黒い炎であっても、炎は炎だ。偽りであろうとも、熱さえあれば生きていける。
「――……がッ、っ……ゲホッ」
さすがに喉が枯れたのだろう。背を丸めて咳き込んだ三成に、吉継は先だって城の者が持ってきた白湯を差し出した。もういい加減冷めているが、少しでも喉を湿したほうが良いだろう。
「三成、飲め」
「…………」
どんよりと濁った目が吉継を見つめ、差し出された椀に口をつけた。落ち着いたら具足を脱がせて身体を乾かしてやるつもりだったが、三成にそんな気はないらしい。吉継でさえ兜を取って濡れた服を替えたのに、この男は重く水を吸った陣羽織すら脱ごうとしないのだ。
喉を鳴らして白湯を飲み干し、ぎらぎらした眼がひたと吉継を見据えた。
「私は行く」
「何処へ」
「家康を殺しに」
「…………」
吉継はじっとその瞳を見返した。かつては川のせせらぎのごとく澄み切っていた水晶の瞳は、長年付き合いのある吉継でさえ見たことがないほど憎悪に狂っていた。そこにあるのは純粋な怒りではない。それならば吉継も見たことがある。そこにあるのは一つの感情ではなく、さまざまなものを煮詰めた泥のような憎しみだった。
(われとよく似た目になったな……)
吉継の呪詛はもはや冷えて凝っているが、かつてはこのようにぐらぐらと煮立っていたものだ。そんな自分を支えてくれた友が、いまや自分と同じ目をしている。その事実はひそかに、激しく吉継を打ちのめした。
三成に気づかれぬよう、そっとため息をつく。
「ぬし一人で行く気か? 徳川の周囲には十万の兵がおるぞ」
「知ったことか! 私の前に立ちふさがるものは全て斬滅してやる!」
「落ち着け三成……」
再び激昂した三成を宥めながら、吉継の心に冷たい絶望が生まれた。
――三成よ。ぬしは死にたいのか?
そう聞けば即座に否定されるだろう。だが、吉継には彼の無意識の破滅願望が手に取るようにわかる。秀吉を失った喪失感に耐えて生きるより、それを実感できないほど激しく狂い、戦い、その中で死にたいのだ。
その方が楽だから。
だが、吉継はそんなものに三成を奪われるのは嫌だった。
死なせない。三成はわれが死なせぬ。
彼には生きていてもらわなければ困る。
「どけ、刑部……私は行かなければならない」
「まずは落ち着け、三成。すぐにでも家康の首が欲しかろ。だが、『暗殺』などしては太閤の名が穢れるわ」
吉継はあえて大げさな言葉を使い、三成の注意を引いた。
「……暗……殺? 暗殺などではないぞ、刑部。私はこの手で、家康を……」
険しかった三成の表情が揺らぐ。三成は汚い手を厭うのだ。吉継は包帯の下でほくそえみながら、復讐の筋立てを滔々と述べていく。
「ぬしにとっては一対一の正々堂々とした復讐であろうが、周りはそうは取らぬ。たとえ十万の将兵すべて切り伏せて徳川の首を取ろうとも、人々は『徳川家康は無残に暗殺された』としか受け取らぬ。それでは亡き太閤の名が穢れるであろ?」
「そ……れ、は……」
「豊臣か徳川か、日の本を二分する大戦で白黒つけるのよ。弔い合戦で徳川を殺せば、ぬしの志は明らかであろ? 豊臣にふさわしき天下分け目の戦いで堂々と家康の首を上げ、亡き太閤に捧げるがよい」
「だが……今の豊臣には……」
さすがに三成は聡い。秀吉を失ったというだけで、撤退の際に兵の半数が脱走し、少なくない将が早くも徳川に恭順した。報告を受けて怒り狂っていた三成だが、秀吉の死が知れ渡れば、豊臣の版図がさらに削れることも予想できているのだろう。
それでも、吉継は引かなかった。刀を握り締めたまま離さない――拳が開かないのかもしれない――友の手に己の手を重ねた。
「われが道をつける」
「…………本気か、刑部」
驚きに見開かれた三成の目からは、不思議と濁りが消えていた。澄んだ泉のような両の眼を見つめながら、吉継は自分でも驚くほど無謀な誓いを立てていた。
「われを信じよ。兵はわれが用意してやろ。それまで我慢しやれ、三成。ぬしは太閤の後を継ぎ、豊臣の御旗を掲げて戦うのだ。約束よ。必ずやぬしを家康の下まで導こう」
言いながら、身体の奥に燃えるような熱さを感じていた。その熱に溶かされたように、三成の指が緩み、膝の上に刀が落ちた。
「……ぎょうぶ、ッ」
くしゃりと顔が歪んだ。瞳が潤み、たちまち大粒の涙が青ざめた頬を零れ落ちた。
冷たく湿った髪を撫でてやると、三成は吉継の胸元に顔を埋め、全身を震わせた。
「ひでよしさま……ッ、ひでよし、さま……ッ」
――ようやく泣いたか。たんと泣け。われの分も泣いてくれやれ。
吉継は縋りつく三成の身体から時間を掛けて陣羽織をはがし、具足を脱がせた。張り詰めていた糸が切れたことで、黒い炎も消えてしまったのだろう。三成は氷のように冷たい体を思うように動かせないのか、抵抗することもなくされるがままになっていた。その頃には涙も止まり、唇を引き結んで吉継を見つめていた。
ざっと肌を拭い、置かれていた替えの着物をきせかけようとすると、それまで黙りこくっていた三成が突然しがみついてきた。
「刑部ッ」
吉継は取り落としかけた着物を広げ、白い肩を覆った。
「離れよ。鎧で擦れるぞ」
「返事をしろ、刑部ッ!」
こちらの胸に顔を伏せたまま駄々っ子のように命じる三成に、吉継は折れた。
「……あい。何だ三成」
「貴様は……ここにいろ」
相変わらず言葉を操るのが下手よな。
半兵衛が死に、秀吉が死に、家康は去った。三成は信じた者に己の心を全て明け渡してしまう。彼らを失うのは、三成の心がごっそり削り取られるのと同じことだ。
吉継は銀の髪を撫で、そこに唇を落とした。まだ戦は続いている。秀吉の遺体を大阪に持ち帰るまでが最初の一区切りとなるだろう。こんなことをしている場合ではない。
そう解っていても、三成に触れてやりたかった。彼が大事に思うものがまだ生きて此処にあると、そう教えてやらねばならない。多くが手元から消えたとしても、失われなかったものはあると。
「大丈夫だ。われは失われておらぬ。ぬしを独りにはせぬ」
吉継は細い顎を持ち上げ、唇を重ねた。それが熱く燃えていたことに安堵した。
くちづけはすぐに激しさを増し、二人は互いの唇を吸い、舌を絡めあわせた。指の先まで熱が行き渡り、じんじんと疼いた。
やがてくちづけだけでは満足できなくなると、どちらともなく床に倒れこみ、情熱に命じられるまま身体を繋げた。鎧を身に着けたままだった吉継には、三成を固く抱きしめてやることはできなかったが、指を絡め、最も深いところで結びつけば充分だった。
自分は生きている。
彼も生きている。
それだけわかればよかった。
「刑部ッ……死ぬことは、許さないッ……貴様は決して、私の元から去るな……っ」
快楽に溺れながら、三成がそう言って泣いた。
「あい、わかった……われは死なぬ――決して、ぬしを独りにはせぬ」
身を貫くような昂ぶりに実を震わせ、吉継は誓った。
「私を、絶対に、裏切るな……ッ」
「わかったわかった……われがぬしを裏切ったことなどないであろ? われを信じ、統べてを任せよ……必ずやぬしに憎き徳川の首を斬らせてやる」
だからそれまで生きていてくれ。
どうか、どうか、生きてくれ。
一日でも、一時、一秒でも長く。
その時間があれば、ぬしはきっと復讐の後へと続く道を見つける。
復讐などでぬしの道が止まってはならぬのだ。
先へ、先へ、ぬしは行かねばならぬ。
われは行けぬやもしれぬ。
きっとぬしと共には行けぬ。
それでも、ぬしは生きねばならぬのだ。
――生きて、幸せになるべきなのだ。
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