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愚者の跳躍

ロックマンの絵とか文とかのログ倉庫。2ボス、ワイリー陣営で腐ってます。マイナーCP上等。NLもあります。サイトは戦国BASARAメインです。

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スタンド・バイ・ミー_02(親就)

2011/01/08(Sat)21:07

ぴくしぶより。

親就のプロローグ。うちのナリ様なので無糖です。甘さはありません。親就となってますが、いきなり破局します。兄貴ファンには申し訳ないです。

すれちがい瀬戸鬱が好きなんだよ!


【スタンド・バイ・ミー_02 果たされざる約束】




 時はしばらく遡る。
 日増しに勢力を拡大する豊臣が瀬戸海へと手を伸ばし、中国、四国と熾烈な戦いを繰り広げていた頃。
 中国を収める毛利家が本陣を置く厳島に、元就はいた。
 夢を見ていた。
 いつもの夢だ。死肉でできた、腐り果てた泥沼を歩き続ける夢である。
 果てのない闇の彼方には夜明けの微光。周囲には自分と同じく、泥に脚を取られて歩く人々がいる。
 元就は知っている。死したる者たちは背後に倒れて道の一部と化しているが、その魂はあの輝きの元にあると。
 倦まず、弛まず、飽かずに歩み続け、歩ききって倒れたときのみ、魂はあの光の下に召されて永遠を得る。そこには、先に行った多くの人々がいるだろう。
 ならば、この道行きの何に絶望することがあるだろうか。
 ただ歩くだけだ。
「――オイ」
 不意に身体をゆすぶられ、頭に鈍い痛みを覚えた。
「オイ、元就」
「…………ッ、もと、ちか……っ」
 覚醒の不快感に眉をひそめた元就は、自分を覗き込んでいる男を睨みつけた。
「何故起こした」
「何故って……うなされてたんだぜ、あんた」
 隻眼の男は、銀髪を掻きながら呆れたように言った。同衾している相手がうなされていれば起こしてやる。それは彼にとって普通のことなのだろう。
「いつもの事よ」
「いつも……って、お前なぁ」
「喧しい。頭に響く」
 元就は少々うんざりした気分だった。この男――四国の主、長曾我部元親と深い仲になったのは同盟を組んですぐのことだ(というより、元親は最初から元就が欲しかったらしい)が、元就がこの男の側で眠ったのはこれが初めてだった。いつもはすぐに床を去るのだが、今夜はいつもより激しく求められて気を失ってしまったのだ。
(不覚よ……)
 確かに悪夢には違いないだろうが、あの夢は元就の人生そのものでもある。あの道行きを否定するつもりは毛頭ない。意志をもって歩み続けることを誇りこそすれ、そこから救い出して欲しいと思ったことなど一度もなかった。だというのに、この勘違い海賊は憐れみを込めた目で元就を見つめるのだ。
 元就が正しいが冷酷な判断を下すとき、兵を捨て駒と呼び、自らをも駒と呼ぶとき。そういう考え方はよくない、と諭すのだ。何様のつもりなのか。
 今も元親は哀しげだったが、口にしたのは元就が初めて聞く言葉だった。
「なぁ、元就……俺と一緒に来いよ」
「…………なんだと?」
 その目をやめよ。
 抉り取ってやりたくなる。
 憐れみは元就が心から憎悪する感情だ。この男はいつもそうだ。優しさで元就の誇りを汚し、踏みにじり、しかし善意に満ちているがゆえに元就の痛みを理解することができない。
 この男の行いはたしかに慈悲深く、寛大なものだろう。だが、優しさと愛が時に他者を傷つけ、殺すのだという事を知らない。
 元就は痛みを表に出すほど無防備ではない。例え肌を合わせ情を交わしても、元親は一国の主だ。いつ敵に回るかわからない相手である。元就は彼に心を許したことはなかった。
 そして元親は、痛がって見せない相手は傷ついてもいないのだと解釈する男だった。元親の憐憫は元就の胸を抉るが、元就は眉一筋動かさない。だから元親は、自分の言葉も思いも何一つ届いていないのだと思っている。
 それでもこの海賊は諦めを知らない男だった。きっと分かり合える――そう信じて元就に構い続けた。
 元就も己の心を口にせぬまま、それに付き合った。
 だが、元親は最も許されない事を言ってしまった。
「俺と一緒に来いって、そう言ったんだよ。野郎どもは皆いい奴らばかりだぜ? 一緒に海に出て、あんたの好きなお天道様の下で自由に生きよう。あんたが夜毎うなされんのは、あんたの生き方のせいだ。あんたは重荷を誇りと思ってるかも知れねぇが、なんであんたがそんな目にあわなきゃならない? あんたは解放されるべきだ」
 元親は長いこと、これを言う機会を伺っていたに違いない。
 ずっと一緒に生きよう――彼はそう言っていた。
 豪放磊落な男にしては珍しく、精一杯の勇気を振り絞ったに違いない。それはわかった。よくわかった。
 元就は自分が冷静なつもりでいた。確かに、心の一部は常の静穏さを保ってはいた。元親の心情を分析する余裕もあった。
 しかし、手は動いていた。
「ぐはっ!」
 元親が苦痛の叫びを上げて布団の上に倒れた。元就の手が、目にも留まらぬ速さで無神経な誘いを口にした男の頬を張っていたのだ。
「な……なにすんだよ!」
 元親が起き上がって迫ってきたのでもう一度殴り、元就はこれほど冷酷な声が出せるのかと自分でも感心するほどの冷厳さで宣言した。
「口を噤め、長曾我部。次は拳、その次は刃で報いる」
「元就……」
「でてゆけ、長曾我部。二度と我を名で呼ぶな。そして金輪際我に触れようとなど思うでない。再び我にそのような戯言を告げしその時は、切り刻んで魚の餌にしてくれよう」
「…………」
 元親は何故自分が殴られ、そんな事を言われているのかまったく理解できないという顔だった。何故元就が怒ったのか、説明を求めていた。
 それが元就にはいらだたしかった。決して、絶対に説明などしてやりたくなかった。
 我の怒りの理由など、この男にだけは理解させてやるものか――
 流れる血を止めるために凍らせた心の傷口がさらに硬く硬く凍りつくのを感じながら、元就は立ち上がって男に背を向けた。脱ぎ捨てられていた着物を纏い、すばやく帯を締める。
 元就はこの男を欲していた。
 遠い遠い、幼き日の約束を、元就は忘れたわけではなかった。
 城主でありながら家臣に城を奪われ、息を潜めて暮らしていた頃、松寿丸だった元就と弥三郎だった元親は出会った。
 ――しょうじゅまる、とのさまなの? すごい!
 別に凄くはない。家臣にさえ頭を下げねば生きていけない、情けない殿様だ。それでも、あの頃の元就には希望が会った。腕を磨き、勉学に励み、一刻も早く遠くに在りし兄の力となること。
 それを聞いた弥三郎は目を輝かせて称賛し、力になりたいと言った。当時の彼は戦を拒み女のなりをしていたので、自分と正反対な少年を尊敬したのだろう。松寿丸も悪い気はしなかったが、素性の知れない(松寿丸は弥三郎の正体を知らなかった)相手に何ができるとは思った。大人になれば、きっと変わってしまうだろう。
 時の流れとはそれほど残酷なものだ。
 ――変わらぬのは、あの日輪のみぞ。
 冷たく突っぱねる松寿丸に、弥三郎は涙を浮かべて言った。
 ――じゃあ、やさぶろうがしょうじゅまるのにちりんになる!
 馬鹿な奴だ。
 だが、そう言ってくれたことを嬉しいとも思った。当時の元就の味方といえば、育ての母の杉殿くらいしかいなかったからだ。
 それから、長い年月が過ぎた。家族を得、また失った。生きるために戦い、気づけば中国を手にしていた。元就は戦いにおいては常に孤独だった。そういう戦い方を選んだからだ。
 ずっと認めたくはなかったが、心のどこかで待っていた。彼が来てくれる事を。
 自分を理解し、支え、共に戦ってくれる者の存在を。
 その望みは絶たれた。
 この男には自分を理解できない。
 元就は、自分を理解できないものを愛せない。そして、どれほど虚偽にまみれようとも、好悪と愛情を偽ることはない。愛したものに対しては、ためらいなく愛を告げてきた。そして、元親にはそれを言うことはできなかった。彼から何度その言葉を告げられようとも、元就の中からその言葉が出てくることはなかった。
 元就の心は、ぶ厚い氷壁に守られている。氷は元就を守るためのものであり、氷を溶かそうとするものは敵だった。彼が愛してきたものたちは皆、自らの心を語らぬ謀将の心情を察するほどに聡明で、それを覆う氷ごと受け入れるほどの愛に満ちた途方もなく稀有な人々ばかりだった。
 共に戦場には立てずとも、そんな人々に会えたこと自体が奇跡であり幸福だったのだ。ずっと彼らがともにいてくれたなら、元就も此処まで心を凍てつかせる必要は無かっただろう。
 だが、彼らはみな元就を置いて死んでしまった。
 残されたのは西海の鬼だけだった。遠い昔、共に在ると約束してくれた一人の男。彼が元就に残された最後の未練だった。この男のため、心の扉には鍵をかげずにおいた。愛せるかもしれないと思っていた。愛したいと願っていた。
 だが、この男は自分の最も根源的な誇りを汚した。理解することもなかった。徹底的に、壊滅的に、一切の悪意なく、むしろ深い愛情から元就が心の底で求めていた言葉とは正反対の事を言った。
 この男は優しいのだろう。だが、これは間違った優しさだ。元就が最も忌み嫌う類の優しさだ。
 元親の優しさは、自己満足のための優しさ、元親自身が楽になるための優しさとしか思えない。そんなものは必要としていない。
 いつかわかってくれるのではないかと思っていたが、無駄だった。
 それが元就を失望させ、心を決めさせた。
「――さらばだ、長曾我部」
 まだ納得しがたい様子の男を寝室から叩き出すと、元就は冷たく己の未練に別れを告げた。
 もう現世の人間にはいかなる未練もない。
 永遠の孤独の道を歩いていける。
 いまや元就は凍土の下に己が心を埋めた指し手であり、駒だった。
 息の続く限り、身も心も毛利のために捧げよう。
 この地を永遠に輝かせるためだけに自分は生きる。
 輝かしい使命感だけで満たした胸は、いっそ清々しいほどに静穏だった。

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