ぴくしぶより。
アニキサイドの話です。親→就なので、ナリ様ほとんど喋りませんがタグ入れさせていただきました。あとちょっとだけ家康と三成。
一番書きたかったのは捨て駒のセリフでした。捨て駒が元就様のこと忘れるわけないじゃないアニキの馬鹿!な気持ちで書きましたスイマセン。
【スタンド・バイ・ミー_03 勿忘草】
――我に味方など必要ない。我が兄上の味方であれば良いのだ。
その言葉だけでわかった。その少年の強さと、誇り高さと、哀しさを。
少年は、何か大切な物のために自分の全てを捧げられる類の人間だった。
力になりたい、味方になりたいと思ったが、少年は冷たく拒絶した。
彼と別れた後、共に来ていたじいやが教えてくれた。
家臣に城を奪われた、幼い城主の境遇を。
彼が唯一の味方だとこぼしていた義母は前城主の側室であり、いかに横暴な家臣といえど表立って害することはできない。だが、他の者たち――長じては少年の忠実なる家臣として仕えるべき若者たちは、しかし少年と親しむことは許されていなかった。
少年が友を作ろうとすれば、その者は罪を着せられて追われたり、殺されたり、酷い目にあって自ら少年の下を去るのだという。
それでわかった。だから彼は自分を拒んだのだ。遊ぼうと誘う自分を去らせようとしたのだ。害が及ぶ事を心配して。
冷たく見えて、彼は優しいのだ。というよりも、そういう優しさしか彼には許されていない。
――ガキの癖に、あんたは独りで戦ってた。
味方になりたかった。一緒にいてやりたくて仕方なかった。
小さくて誇り高い横顔が胸から消えず、苦しくなるほどだった。
だが、弱い味方では少年の重荷になるだけだ。
――だから強くなろうと思った。
国に帰るなり、今まで拒んできた勉学を始めた。難しくてわからないことも多かったが、次期当主として最低限必要な知識を身につけようと思った。
――いつでもあんたの側にいて、あんたを守って、支えてやりたくて。
こっそり身体も鍛え始めた。女のなりをするのは嫌いではなかったが、似合わなくなるほど体つきが変わったらもう着るまいと誓った。背はすぐに伸びた。剛力と称賛されるほどの膂力すら手に入れた。
――あんたの太陽になりたくて。
気づけば彼は、瀬戸海では知らぬものもない四国の海賊、長曾我部元親になっていた。多くの荒くれたちが彼を太陽と仰いだ。事実、元親は青い海に照りつける、眩しい太陽のような男だった。
やがて元親は、あのときの少年に再会した。
中国の支配者、毛利元就の面差しは冷たく、いっそ作り物めいて見えるほど美しかった。
身体は武将とは思えぬほど華奢で小さく、しかし、強かった。謀略と兵を捨てるような冷徹な作戦だけの男かと思っていたが、そうではなかった。並み居る兵を蹴散らして陣の奥へ進み、刃を合わせて元親はそれを知った。
戦いには不向きな身体つきであったとしても、元就は弛まぬ研鑽を積み、幾多の戦場を潜り抜けてきた歴戦の武将だった。
肌を合わせ、その身体に刻まれた驚くほど多くの傷跡を知った。滑らかな肌に付いた傷の一つ一つが元就の誇りであったが、元親はそれを悲しんだ。自分が側にいれば、こんな怪我を負わせる真似はしなかったのに。もっと早く再会できていればと悔やんだ。
元就は、少年の頃の約束など忘れてしまったように見えた。それでも良かった。孤独に凍えきった目をした彼の側にいて、もう一人で苦しまなくても良いのだと言ってやりたかった。
細い肩に背負った重荷に潰されそうになっている彼を、救いたかったのだ。
だが。
――だけどなぁ……全部無駄だった! なんでこんな事になっちまったんだ!
元親の碇槍と元就の輪刀が激しくぶつかりあい、火花を散らした。
元就とは何度も戦った。だが、これが最後だった。
「俺の進む未来に、あんたの影は欠片もねえ!」
とうとう元親には元就が理解できなかった。側にいてさえ、肌を合わせてさえ、全くわからなかった。元就も元親を拒んだ。理解の手がかりさえくれなかった。どうしようもなく二人は正逆で、平行線だった。ちっぽけな海を隔てただけなのに、どうしようもなく遠かった。
元親との同盟を一方的に破棄した元就は、宿敵であったはずの豊臣についた。緩やかな同盟を保ち、国力を高めることに専念した。そして、豊臣が倒れると、すばやく行動に移った。
元親と東軍総大将の家康は旧知の友である。日の本が東と西に別れて戦えば、元親は東に付いただろう。だが、それでは東西のバランスが狂う。元就は西軍の軍師大谷吉継と計り、家康と元親の仲を引き裂きにかかった。
一歩間違えれば、元親はその手で友を殺していただろう。
元就を愛していた。救いたかった。だが、全て無駄だった。
だから綺麗さっぱり忘れてしまえばいい。
最後の交錯のとき、元親の刃が元就を捕らえた。血飛沫を上げて倒れていく毛利の姿に、幼い少年の姿が重なって、消えた。
忘れよう。過去は要らない。今があればいい。
どうなるかわからない明日が来る、それだけがわかっている今日があればいい。
元就が倒れると、共に厳島を攻めていた家康はあっさりと元親の謝罪を受け入れ、許した。
――これでようやく、野郎どもの墓参りに行ける。
友と肩を組み、大階段を下ったところでそれは起こった。
「元就様! しっかりなさって下さい!」
悲痛な叫び声に、元親は思わず足を止めた。振り返れば、毛利軍の兵士たちが動いていた。
「まだ息がある! 必ずお助けするのだ!」
「医者を呼べ! 早う!」
「……クソッ」
まだ生きてるって言うのか。っていうか、何なんだよこの状況は。
毛利軍の兵士たちは、主を助けようと必死になっていた。
頭がガンガンする。
「長曾我部殿!」
階段の上に一人の将が立った。いや、一人ではない。生き残った兵たちがいた。周囲に倒れていたものたちも、皆唇を引き結び、元親たちを見ていた。
「元就様亡き後、貴殿がわれらの面倒を見て下さると仰っていたが――遠慮いたす!」
『応!』
兵たちが一斉に叫んだ。元親の部下たちに勝るとも劣らない息の合いっぷりだった。
「我らが主は毛利元就様ただお一人! 我ら毛利軍は海賊風情の世話になるほど落ちぶれておらぬ!」
『応!』
「んだと!」
「まあまあ元親」
思わず階段を上りかけた元親は家康に引きとめられたが、元親は言わずにいられなかった。
「お前らだって毛利の事を怖がってたんじゃねぇのかよ!」
階上に立つ将はその言葉にはしっかりと頷いた。
「確かに元就様は恐ろしく、厳しい君主であられる。だが、同時に心よりの尊敬に値する方でもあるのだ。あのお方を信ぜずして、なんで駒として一命を投げ出せようか!」
『応!』
だめだ。理解できねぇ。
呆気に取られた元親を下がらせ、家康が将に問いかけた。
「つまり、毛利と毛利軍の兵士の間にも、絆はあったということか?」
「無論!」
名も知れぬ毛利軍の将は胸を張った。
「我ら主従の絆は、あなた方のように解り易いものではない。だが毛利軍は百万一心……お考えこそ解らずとも、元就様とわれらの心は一つ!」
『応!』
兵たちが唱和したとき、将の背後でわっと歓声が上がった。
「元就様!」
「元就様!」
「おお、目をお開けになられた!」
「医者はまだか!」
その声に、階下にいた兵たちもぱっと顔を明るくした。
「元就様が……!」
「よかった……」
「……くそっ」
――野郎どもと同じ顔しやがって。これじゃ、これじゃぁよ……
「元親」
穏やかな声に顔を上げると、家康がこちらを見ていた。
「忘れるんだろう?」
有無を言わせぬ微笑みに、元親は「チッ」と舌打ちをして歩き出した。背後ではまだ喜びに満ちた騒ぎが続いている。徳川と長曾我部の兵に牽制されながらも、喜色を浮かべた毛利軍の兵たちが動き回っている。
その中を、荒っぽい足取りで元親は歩いていった。
通路際の赤い柱の側にいた男が、通り過ぎる元親に声をかけた。
「止めを刺しに行かないのか?」
ひょろりと白いその男は、元西軍総大将石田三成だった。片腕であった男の醜い策謀を聞かされた彼は、元親の軍門に下ったのだ。彼は幽鬼のように青ざめた顔に怪訝そうな表情を浮かべて元親を見ている。
「あァ? 一体何のことだ?」
「毛利だ。奴はまだ生きている」
手にした刀で元親の来た方角を刺す三成から、元親は目をそらした。
「誰だそいつ。知らねぇ奴を殺す必要なんかねぇな」
その答えに、隣を歩いていた家康が満足そうに微笑む。
「元親……それでいい」
「何のことだかわかんねぇ!」
元親は大声で叫ぶと、足を速めた。背後で三成と家康の声が聞こえる。
「……あの男はおかしくなったのか?」
「違う。元親は、毛利を許したんだ」
「――ッ、家康ううぅッ! 私の横に並ぶな!! 私はまだ貴様を許したつもりはないッ!」
「あー……なんかこう、流れでわしの事も許してくれんか?」
「ふざけるな! 斬滅するぞ!」
三成が刀に手をかける気配があったので、元親は慌てて駆け戻って彼を抑えた。さっさと厳島を去りたかったのだが、大阪城で拾った問題児はそれを許してくれない。
「石田、落ち着けよ」
「離せ長曾我部!」
「家康もさっさとこいつの間合いから離れてくれ!」
「いやぁ、すまんすまん」
家康は頭を掻きながら距離を取ると、表情を改めた。
「元親、後はわしに任せてくれんか? 三成と船で待っててくれ。そうは待たせん」
「ああ、わかった……行くぜ、石田」
家康がもと来た方向に戻っていく。元親は何か言いたげな三成を引きずるようにして、足早に歩いた。
(そうだ。なんもかんも忘れるさ……)
過去は要らない。今があればいい。
どうなるかわからない明日が来る、それだけがわかっている今日があればいい。
船は前にしか進まないのだ。
[0回]
PR