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愚者の跳躍

ロックマンの絵とか文とかのログ倉庫。2ボス、ワイリー陣営で腐ってます。マイナーCP上等。NLもあります。サイトは戦国BASARAメインです。

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スタンド・バイ・ミー_08(吉三)

2011/02/09(Wed)20:27

ぴくしぶより。


ここから起承転結の「転」に入りまして、折り返しになります。
メインキャラ的には黒幕コンビのターンですが、捏造キャラが二人ばかり、がっつり登場します。バサラ史にあわせて大分捏造激しいですのでご注意下さい。



【スタンド・バイ・ミー_08 胡蝶の夢】




 吉継にあてがわれた猿掛城は、小さな小さな山城であった。かつての城主だった元就が本家を継いだ後は主もおらず、内陸で戦が行われるときにのみ使用されるらしい。とはいえ、天下が収まった今、猿掛城が本来の役割を果たす見込みはほぼない。
 元就の本拠である吉田郡山城とは一里ほどしか離れておらず、息抜きのつもりなだろうか、吉継が『同胞』と呼ぶ男はちょくちょく顔を出していた。ほとんどの場合吉継と碁や将棋をしたり、茶を飲んで益体もない話をして過ごす。ごくまれに政に関する意見を求められることもあれば、何を思ったのか泊まっていくこともあった。
「……あの男は暇なのか?」
 三日前、対局の途中で中断された将棋の盤面を眺めつつ、吉継は呟いた。最後にうっかり飛車を取られたが、こちらにはまだ角がある。元就の銀を奪えたのも大きい。吉継の体力が持たないので二人の勝負はたびたび持ち越されたが、元就は特に盤面を記録することもなく去った。吉継がこっそり駒を動かしたり石を入れ替えたりするとは思っていないらしい。
 もちろん、そんな事をすれば傷つくのは吉継の矜持だ。「貴様はその程度の輩ではあるまい」という声が聞こえてくるようで、それがなにやら不気味でもある。
「のう、妙殿?」
 吉継は部屋の隅で薬を用意していた女に問いかけた。
「暇ではございませんでしょうが、御友人を訪ねて息抜きするのは良いことです。あの方は根を詰めすぎますから」
 元就が連れてきた医者は、妙と言った。毛利家の中でどのような地位にあるのかは不明だったが、吉継の看病をする傍ら人手の少ないこの城を切り盛りしており、周囲の領民からは女城主とみなされている。
 吉継は彼女がさらりと口にした単語を聞きとがめ、口の中でゆるりと繰り返した。
「友人……友人とな」
「はい」
「われと、毛利がか」
「そのように見えますが?」
「まァ……そうよな。世間一般的な友人の範疇には入るであろ」
「ご不満そうですね」
「なに、少々奇妙に思えただけよ」
 吉継が友人として第一に思い浮かぶのがまず三成である。だが、彼との関係が一般的に言う友人の範疇をかなり逸脱していたことは間違いない。それでも、吉継にとっての三成は、『恋人』でも『家族』でもなく『友人』だった。家康が友人だったこともあったが、その時分の事を思い出すと今でも恨めしくなってくる。
 情動の枯れかけた今の生活の何と穏やかなことか。
 三成が側にいない――苦しみはそれだけで十分だ。呪いも憎悪も、三成の幸を願う心を濁らせる。
 軽く首を振って過去を遠ざけたとき、下働きの男がやってきて膝をついた。
「旅の方が一人、大谷様を訪ねておいでです」
 その言葉に吉継も妙も訝しげな顔をした。
「何者だ? われが此処にいる事を知っておる者はそうおるまい」
「湯浅様と名乗っておいででしたが、聞き覚えはございますか?」
 男の顔は険しい。天下の罪人である吉継の存在は秘されている。吉継に心当たりがなければ、斬り捨てなければならないのだ。
 だが、吉継には客人の名に心当たりがあった。
「湯浅……湯浅五助か……?」
「はい。そう名乗られました」
「われに仕えていた者だ。通せ」
「畏まりました」
 男が去ると、妙も「茶を淹れましょう」と席を外した。
 ひとり残された吉継は、傍らの将棋盤に手を這わせながらうっそりと呟く。
「五助よ……いまさら何をしに来やった」
「いまさら何をとは、つれないお言葉でございますな」
 からりと戸を開けた男は、開口一番そう言った。
「五助……」
 旅装に身を包んだ姿は、流れの浪人にしか見えない。ごつごつとした朴訥な顔が、今は嬉しそうに微笑んでいた。
「殿、お久しゅうございます」
 その場に膝を着いて深々とひれ伏すかつての臣を、吉継は首を振って諌めた。
「よせ、五助……われはもうぬしの主ではない」
「いえ。私は大谷吉継をこそ終生の主と決めておりますので、殿と呼ばせていただきます」
 きっぱりと言い切る爽やかな頑固さが懐かしくなり、吉継は小さく笑った。
「ぬしは変わらぬな」
「殿はお変わりになられましたな……以前より穏やかになっておいでで」
「なに、憎み呪う元気もないだけよ。入りやれ。じきに茶が出よう」
「恐れ入ります」
 手招きに応じ、五助が部屋に入った。先ほどまで妙が使っていた座布団を薦めると、彼は恐縮しながらそこに座る。
 湯浅五助は吉継が病を得る前から仕えてきた男だった。大阪城で吉継に付き従っていた者たちの一人でもある。
 毛利の間諜が大阪城から吉継を連れ出した顛末は元就から詳しく聞いていたが、彼が無事逃げ延びることができたのは五助たちの協力あってのことだ。
 あの時、城のあちこちで火の手が上がったのは間諜たちの仕業だった。混乱に乗じて吉継を運び出し、偽物と気取られぬよう死体を焼くためでもある。だが、背格好の似たものに甲冑を着せて偽の死体を用意し、その後も口をそろえて主の死を証言したのは、愚者坂前の曲輪を共に守護していた大谷家の家臣たちだった。元親との戦いに生き残った将兵はわずかだったが、かれらは一致団結して毛利の間諜に協力し、主の生存を隠したのである。
 天下が徳川家康の下に定まった後、吉継の家臣たちは天下を騒がした大罪人の部下という汚名を着せられていた。わけても、大阪城で彼につき従っていた者たちは、主の亡骸を火中に置き去りにした不忠者と誹りを受ける事もあるという。
 全ては忠節ゆえのことであるのに、誰もそれを知らないのだ。
「まあ、そういうのは慣れておりますので」
 妙の淹れた茶を飲みながら、五助はからからと笑った。
 哀しいかな、彼の言うとおり吉継の配下は悪しざまに言われる事には慣れていた。主の過度な露悪・偽悪趣味のせいで、大谷軍は豊臣軍の中でも浮いた存在だったのである。
 それに耐えられぬものは吉継に仕える事はなかったし、そんな状況でも主に忠勤する家臣たちは大谷吉継という男が好きだった。あえて誤解を招く言動ばかり取る、嫌われたがりの主――彼の良い所は、自分たちだけが知っていれば良い。それくらいの心持ちだったのだ。
 五助と他の家臣たちは、散り散りとなった今でもたまに連絡を取り合っていたが、彼らの意見は一致している。
「もともと悪役のつもりでおりましたから、今更誹りを受けようと別に痛くも痒くもありませぬ」
 にこにこと笑う五助に、吉継は呆れたため息をつく。
「われの悪巧みに付き合ったせいであろ? われが恨めしゅうないか?」
「わかった上で従ったのです。殿をお恨みするのは筋違いというもの……それに、そんな殊勝なセリフは殿には似合いませぬぞ」
「なんと、そのように面の皮の厚い男と思われておったとは……やれ哀しい、カナシイ」
 わざとらしい泣き真似をする主の姿に、五助は胸が熱くなった。藁にも縋る思いで瀕死の主を逃がしたのだ。彼がここまで回復したと知れば、仲間たちも喜ぶに違いない。
 五助たちの主はあくまで吉継だったが、吉継が悪事に手を染めたのは三成のためだ。彼らは、その事に対してもなんら異論はない。三成は病床で絶望しきっていた主を救い、世につれ戻してくれた恩人だ。主がその彼のために生きるのであれば、五助たちもそれに従う。それが三成への恩を返すことでもあると思っていた。
 各地にひっそりと散っていった仲間たちの事を報告した五助は、しみじみと笑った。
「殿……殿にお仕えした年月は、とても面白うごさいました。あれほど充実した人生を送れた私は、幸せ者でございます」
「なんとナント、いうことにかいて面白かった、か……ヒッヒッ、五助よ、ぬしもなかなかの悪党よなァ」
「なに、家中には殿の躾が行き届いておりましたゆえ。皆々、日々楽しく過ごしておりました」
 にやりと笑い返してみせると、吉継は肩を揺らして笑った。
 主従はしばし、思い出話に花を咲かせた。吉継は大阪城で寝起きすることが多かったが、彼が屋敷にいる時はいつ友が「ぎょうぶぅうう!」と怒鳴り込んでくるか、密かに楽しみにしていた――五助が冗談めかしてそう語ると、吉継は急に肩を落とし、長く息を吐いた。
「話しながら、ぬしを召抱えたときのことも思い出したわ。以前は、病を得る前の事など、とんと思いだせなかったというのになァ……不思議なものよ」
 日が落ちかけて茜色に染まった庭をじっと見つめながら、何かを探すように目を細める。
「ここは退屈でなァ……昔の事ばかり思い出す。もっと古い……童の時のこともなァ」
 昔はよう、わけもなく笑んでばかりいたものよ。
 そうひとりごちる主の姿が一回り小さく見え、五助は首を振った。
「そのような御歳ではありますまいに」
「いや……」
 庭を眺める主の姿は、己の終焉を待ち望んでいるように見えた。その目には、かつての沼地のような呪詛すらない。穏やかといえば聞こえは良いが、からからに乾き、落ちるのを待つ葉のような穏やかさだ。
 手を振れずに物を動かす奇妙な力も、死の淵から戻ったときに失ったという。
 今の大谷吉継は何の力もない、多少口が立つ程度のただの病人なのだ。
 健康だったころの吉継は才気に溢れ、武勇にも秀でていた。
 病を得た後も、奇妙な力と知略によって貢献し続けた。
 その頃の誇り高さが失われたとは思えない。誰の何の役にも立たぬまま、ただ生きながらえる日々を彼がどう思っているかは想像に難くない。
 早く終われ、と――口には出さずとも願っているだろう。出された膳を平らげ、薬を飲み、足腰を弱らせぬよう歩き回る、そんな療養の日々を送っていたとしても。自らの本心とは正反対のことをしながら、吉継は死を希求し続ける。
「五助」
「はい」
 頷く臣に、吉継は目許を歪めて笑った。
「毛利からぬしらが生きておると聞かされてなァ……文を書いたのだが、これが見事に湿っぽい繰り言ばかり。己が情けなくなって火にくべてしまったのよ」
 嘘か真は知らないが、手をひらひらさせてふざける主に、五助は大げさに嘆いて見せた。
「なんと勿体無い。嘘いつわりのない殿の泣き言など大変珍しいのですから、家宝として代々伝えましたものを」
「ヒヒッ……言いおるわ」
 吉継が肩を震わせ、先ほどよりは幾分軽い空気が生まれる。
 それを見計らい、五助は最も気になっていた事を尋ねた。
「三成様は……殿がここに居られる事をご存知なのですか?」
「…………いや」
 軽く首を振り、吉継はこともなげに答えた。
「あれは知らぬ。知らぬでよい。あれの側に、もはやわれの居場所はない。あれは、われのことなど忘れて生きるべきなのよ」
「殿……」
「あれが幸せでいるのなら、われはそれ以上何も望まぬ。何処かで笑んでいてくれればよい」
「…………」
 五助に口を挟ませぬ言い方は吉継の本心というより、それ以上を望んではいけないと自らに言い聞かせているようにも聞こえた。『三成』と言わずにあえて『あれ』と呼ぶのも、名を呼ぶことで募る想いを怖れているのだろう。
 吉継ならばそう考えるだろうという事が五助にはわかった。五助は、五助たちは、石田三成を好いている大谷吉継が好きだった。彼らが仕える前から、大谷吉継はそういう人物だった。だから家臣たちは皆、吉継がどのように三成を愛しているのかを知っている。
 だが、それと同じくらい三成がどのように吉継を愛していたのかも分かっているつもりだ。裏切り者と切り捨てて忘れてしまうには、あまりにも二人の人生は近くにあり過ぎた。半身ともいえる吉継を失って平気でいられるほど、三成は強くない。それほど強ければ、むしろ二人の関係は違ったものになっていたはずだ。
 吉継を怨むにせよ怨まないにせよ、五助には、三成が今幸せに生きているとは到底思えなかった。
 もしかすると、吉継にも薄々わかっているのだろう。
 負い目があるからこそ、あえてそう思い込むしかないのかもしれなかった。
 自分などいなくても、三成は幸せになれる――そう考える事が吉継のたった一つの希望なのだ。
 主の気持ちを慮ると、五助にはそれ以上何も言えない。
「大谷様、そろそろ薬のお時間です」
「おお、左様でしたか」
 気まずい沈黙を破るように現れた妙に五助は救いの神を見た。そう考える自分を情けなく思いながらも、機を逃さず席を立つ。
「殿、長々とお話してしまい、申し訳ございませんでした。ひとまず、下がらせていただきます」
「湯浅様、廊下にいる者がお部屋に案内いたします。今夜は泊まってゆかれませ」
「これはかたじけない」
 深々と頭を下げて退出すると、五助は廊下にいた侍女について別の部屋へ向かった。
「随分とお話されたようですし、お疲れになったでしょう。さ、これを飲んで、横になって下さい」
 妙が薬湯を差し出すと、吉継は大仰に嘆いた。
「やれやれ、また眠るのか……先ほど起きたばかりであろ? われは眠くなどないわ」
「もう半日は起きてらっしゃいますよ。夕餉の前に少しお休み下さい。また後で本でも持ってきて差し上げますから」
「妙殿よ、童に対するような口ぶりはよしやれ」
「大谷様が童のような駄々をこねるからです」
「なんとまァ……われも口から先に生まれたと自負しておったが、妙殿にはかなわぬ……」
 文句を言いながらも、吉継は素直に渡された薬湯を飲み、床に就いた。疲れているのは間違いないのだろう。あれほど口達者に話していたくせに、目を閉じるとすぐに寝息を立て始めた。
 薬湯には心を落ち着かせて眠りを誘う薬草も入っているが、それでも早すぎる。重い睡魔に足を取られた寝顔には、包帯越しでもはっきりと憔悴の色が見て取れた。
 医者の目で吉継をじっと観察していた妙は、ふと溜め息をつくと、そっと戸を閉めて部屋を辞した。彼女が向かったのは、先ほど五助を案内させた部屋だ。
「失礼いたします」
 短い応えを待って中に入ると、手前には五助が、奥には元就が座していた。元就は吉継と五助が話しをている間に吉田郡山城からやってきたのだ。先日の来訪から三日しか経っていないが、火急の用ができたらしい。
「妙、大谷は眠ったか」
「はい。眠くないなどと仰られてましたが、薬湯を飲んで横になると、ころりと……湯浅様の殿はまこと、筋金入りの見栄っ張りでございますね」
 笑いかけると、五助が恥ずかしそうに肩をすぼめた。
「嬉しさのあまり、つい長話をしてしまいました……お疲れになったのでしょう。主を労わる事も出来ぬとは、情けない限りです」
「して、妙」
 元就に呼ばれた妙は、表情を改めた。続く問いは解っている。
「大谷はあとどれほど持つ?」
 唐突な言葉に五助が表情を硬くした。
 奇妙な質問だった。五助の目から見ても、吉継は快癒しているようにしか見えない。たとえ本人が死を希求していようとも、東軍相手に戦っていた頃と同じ程度には回復しているはずなのだ。
 だが、妙の表情は暗かった。五助に済まなそうな視線を送った後、彼女は静かに口を開いた。
「一年……といいたいところですが、半年持つかわかりません」
「そんな馬鹿な……確かにおやつれではありましたが、傷も癒えたと……」
 信じたくない様子の五助に妙は哀しげに頷いた。
「ええ。傷は完全に癒えていますし、病も大友経由で手に入れた南蛮の薬草が利いている様子。ですが、本人に生きる気力がありません。生きる理由がないと言った方が正しいでしょうか……病人扱いされるのを嫌うので元気そうに見せてはいますが、緩慢に死んでいっているだけ。これから夏になれば、体調を崩しやすくなります。風邪であれ暑さであれ、何か切っ掛けがあれば、生に留まる事は出来ないでしょう」
「……そう、ですか」
 五助は主が死を待っているように見えたことを思い出し、納得せざるを得なかった。吉継は三成のために生きてきた。三成の側にいられないのなら、生きる理由がないのも当然だ。
 うなだれる五助を横目に、元就が言った。
「大谷が石田に会えばどうなる?」
「……わかりません。生きる気力が湧く可能性もありますが、大谷様の心残りが石田様に会う事だとしたら、それが解消されることで、すぐにでも亡くなられてしまう場合もあります」
 戸惑ったように首を振る妙に、元就は問いを重ねる。
「大谷は次にいつ目覚める?」
「夕餉の前には」
「あの男と少し話をせねばならぬ。今夜は此処に泊まり、翌朝吉田に戻る」
「承知いたしました」
「湯浅、貴様には大谷のために少々旅に出てもらう」
 消沈していた五助は、元就に声をかけられてハッと顔を上げた。
「なんなりと。我が主のためならば、天竺までも参ります」
「そこまで遠くはない」
「では、何処へ……?」
「四国だ。石田宛に文を持っていってもらう。貴様は石田と面識があるだろう? 我の配下を使うより接触は容易いはずよ」
「はい……確かに」
「昨日、徳川と話をした。石田を安芸へ呼び、大谷と会わせる。けじめをつけて死ぬのならば、悪い結末とは言えまい? 少なくとも、今のまま過ごすよりはましであろう」
「それは……そうでございますね。あのような殿を見るのは、私も心苦しゅうございます」
 五助は少し躊躇った後、哀しげに頷いた。
「湯浅、明日には経ってもらう。準備をしておけ」
「承知しました」
 五助の返事を見届けてから部屋を出た元就は、ひとり、自室へと向かう。
 吉継の部屋の前を通り過ぎるとき、元就は我知らず呟いていた。
「大谷……貴様が死ねば、天下はまた大きく動くやも知れぬな」
 三成は来るだろう。四国に潜り込ませた間者から、彼の様子は逐一伝えられていた。吉継は「あれが健やかであれば良い」と言って詳しい話を聞こうとしなかったが、聞けば今以上に打ちのめされていたに違いない。
 吉継を失って生ける屍と化していた三成は、家康と再会させられたことで追い詰められた。愛する裏切り者に対する感情が何なのか理解できなくても、吉継が生きている事を知って無視する事は出来まい。
 もし、友と再会してすぐに吉継が死ねば、三成は壊れるだろう。短時間で何かを乗り越えられるような強さを彼は持っていない。十中八九、自分に会ったせいで友は死んだのだと自らを責める。今の三成はさらなる罪悪感に耐えられる状態ではないため、壊れてしまうだろう。
 そうしたら手に負えなくなったふりをして家康に投げ渡してやろうか。離れていた方が良いと理性では納得していても、家康の心はどうしようもなく三成を求めている。傍にいれば恋心を制御する事は出来ないだろう。壊れた想い人を癒そうと必死になれば、家康の歯車もまた狂っていく。
 三成に遺恨を持つ伊達政宗の元へ送ってもいい。三成をどうするかはあの男の器量次第だが、どちらにせよ三成は天下を揺るがす原因となりうる存在だ。いかようにも使い道はある。
 ――大谷の生死が天下の行方を決めるのか。おもしろい。
 実行に移すかどうかはともかく、毛利は己の思いつきにひっそりと笑った。
 戦などなければ無い方が良い。だが、元就が買っているのは吉継だけだ。三成では話し相手にもならない。三成だけを飼うつもりは毛頭なかった。となれば、家康なり元親なりへ再度預けるが、どこに置こうともあの男は火種になる。組み上げている最中の天下の屋台骨がぐらりぐらりと揺らぎだす――それとも、いっそ殺して、友の後を追わせてやろうか。家康に怨まれそうだが知った事か。
「死んでくれるなよ、大谷。貴様が死ねば手間ばかりかかるゆえ」
 元就はそうひとりごちると、再び歩き出して己の部屋へ向かった。



「入るぞ、大谷」
 夕餉の後、元就は吉継の部屋を訪ねた。
「やれやれ、三日前に来たばかりであろ? ぬしは相当暇と見える」
「ぬかせ。今日は用件があって来たのだ」
 吉継は食事を終えたばかりらしく、身を起して白湯をすすっていた。部屋の隅に寄せられた膳は半分ほど残っている。監視付きでないと全部食べないというのは本当だったかと、元就は内心呆れた。
「さてはて、われに一体何用か? 先の勝負の続きではあるまいなァ?」
「単刀直入に言おう。貴様の命はあと半年ほどだそうだ」
 無遠慮なまでに率直な元就に一瞬ぽかんとした吉継だったが、意外ではなかったらしく静かに微笑んだ。
「……さようか。まァ、そんな気がしておったわ。終わりが見えたなら気も楽よ」
「本題はこれからだ」
 元就は言った。
「貴様に選ばせてやろう。このままじわじわと命をすり減らすか、いっそ石田に裁かれて果てるか」
「…………」
 その瞬間、吉継の動きがぴたりと止まった。じろりと元就を睨む眼光は、幾多の死線を切り抜けた武将のものともまた違う。静かでありながら、鬼気迫るものが込められている。それは、部屋の空気が一瞬にして変わるほど、濃密な殺気だった。
「……あれを、安芸へ呼ぶ気か?」
「貴様にその気があるならば文を書くが良い。届けてやろう」
 平然としている元就を探るように見つめていた吉継は、不意に全身を震わせて笑い始めた。
「……ふっ、ヒヒヒッ……ヒッ、ヒーッヒヒヒヒッ!」
「どうした大谷?」
「ヒッヒッ……ならぬ、ならぬなァ毛利よ。われの身柄を、あれを釣る餌とする気か? あれを呼び寄せて殺す気か? ならぬ、ならぬ」
 ゆるゆると首を振る吉継の声音は、感情の高ぶりと共にだんだんと狂気じみたものになっていく。
「逢いたい……われはあれに逢いたい! だが、われのせいであれが死ぬなどあってはならぬのだ! さような事になる前に、自ら命を断ってくれるわ!」
 目を見開いて叫んだ吉継は、すぐに肩を丸めて苦しげに咳こんだ。大声を出したのも、ここまで感情を高ぶらせたのも久しぶりなのだ。
 元就は手出しせず、ぜえぜえと苦しげに呼吸する吉継を黙って見ていた。別に無関心なわけではない。元就に労わられれば、吉継は屈辱に思うだけだろう。
 咳が収まったのを見計らい、元就は再び口を開いた。
「落ち着け、大谷。石田を殺しても、我には何の益もないわ」
「ならば……何故あれを手元に置こうとする」
「大谷……貴様ともあろうものが、全て言わねばわからぬか? 貴様は石田の、石田は徳川への布石よ。徳川の望みは石田が平穏に余生を生きること。そのためには、石田は貴様と会っておかねばならぬ。可能ならば共に居た方が良い。だが貴様は動かせぬ。動かせたとしても、万一の事を考えれば貴様に遺恨を持つ四国には行かせられぬ。だから石田を中国へ呼び寄せる」
 道理にかなっているであろうが、と言うと、吉継は眉をひそめた。
「徳川へ恩を売ろうというのか」
「そうだ。貴様らが我が元で平穏無事に生を全うすれば、徳川は我に恩を感じよう。それが中国の守りとなる」
 ぬけぬけと目論見を語る元就に、吉継は苦笑するしかなかった。
「ヒヒッ……毛利よ。ぬしはまこと抜かりのない男よな」
「我が石田を殺さぬ理由が得心できたか?」
「ああ……だが」
 吉継は静かに首を振った。
「われは逢えぬ。あわせる顔がない。もはやあれに幸あれと祈って生きることだけが我が功徳……我が裏切り、汚したあれへの償いよ。文は書けぬ。われが生きているなど知る必要は無い。あれにとって、われは過去の存在であればよい。あれにこれ以上の傷は必要ない」
 半ば己に言い聞かせるような吉継の物言いを、元就は内心呆れ返りながら聞いていた。
 吉継はこれほど相手を愛しているのに、自分も同じくらい愛されているかもしれないとは思わないのだ。徹頭徹尾見返りを求めず、ひたすら捧げつくすだけの愛情だが、いかんせん相手を理解していない。
 それは、元就が二人を知る前からそうなのだろう。吉継も三成も、互いに信じ切って背中を預けていたが、全く相手を見ていないのだ。
 三成は吉継が自分を支える存在だと認識していたが、吉継の覚悟を知らなかった。三成のためなら悪鬼に魂も売り渡し、地獄に落ちても何ら痛痒を感じない――相手がそこまでの思いを抱いている事に気付いていなかった。
 一方、吉継は三成に全てを捧げていたが、自分は代えのきく存在だと信じ込んでいる。自分を失ったことで三成が苦しんでいると思いたくないらしい。愛される覚悟が無いのだ。
 元就としては利害関係の絡む他人であれば放置しておくのだが、自分の懐にある者がそういう有様だと引っ叩いてやりたくなる。だが吉継に説教は無用だろう。この男のひねくれた性根を入れ替えるには、不意打ちで事実を付きつけてやるしかないのだ。
 絶望にせよ救いにせよ、三成に逢えば吉継は否応なしに目を覚ますだろう。
 だから、元就は強要することなく引き下がった。
「ならばよい」
「…………」
 吉継はその様子に疑問を感じているようだったが、元就に追及させるつもりはない。三成は安芸へ呼ぶと、元就の腹はすでに決まっている。筆の主が誰かと言うだけの話だ。
「養生せよ、大谷」
「……冗談にしては皮肉ぞ毛利」
 苦々しい声を背に、元就は部屋を出た。三成に送る手紙を書くためだ。内容はすでに考えてある。湯浅五助に文を託し、明日の朝には四国へ発ってもらうつもりだった。
「貴様らの悪夢も、そろそろ終わりよ。我が嫌でも目覚めさせてやる」
 戦乱の終焉を告げる鶏鳴は、胡蝶の夢にも夜明けをもたらすだろう。
 それは、そう遠い日のことではない。

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