ぴくしぶより。
喧嘩する二人の妄想です。喧嘩するほど仲が良いっていいます……よね? 幼少に関しては佐吉(三成)に関しては史実ベースですが、紀之介(刑部)は完全に捏造です。ご注意下さい。
*注意*
この話は以下の設定で書かれています。
・石田佐吉
三成の幼少期。あまりに扱いづらい性格のため、ほぼ育児放棄に近い感じで寺に入れられる。凶暴だが同室の紀之介には異様に懐いている。後に秀吉と出会い、引き取られる。
・大谷紀之介
刑部の幼少期。佐吉より2、3歳年上。あまりに扱いづらい性格のため、ほぼ育児放棄に近い感じで寺に入れられ、腕っ節と狡猾さで寺小姓たちに恐れられているが、同室の佐吉だけは何故か可愛がっている。後に佐吉とセットで豊臣に引き取られる。
時期としては二人が寺にいる間の話になります。
【理不尽な獣たち】
時は戦国乱世――近江国長浜にある寺に、二人の少年がいた。
一人は石田佐吉。年の割に小柄で華奢な体躯をしていたが、鋭い白刃のごとき銀髪と相手の目を恐れ気なく覗き込んでくる水晶の瞳が人目を引く、美しい少年である。才気活発だが気性、言動において異常に激しく己の感情を偽る事をしないため、周囲の者たちからすれば「扱いづらい」の一言に尽きた。後に石田三成と名乗り、日の本を東西二分割した大戦の西側の大将となるが、今は年端も行かない童に過ぎない。
もう一人は大谷紀之介。年齢は佐吉より数年上回っており、兄貴分である。こちらは年の割に大柄で均整の取れた体つきと、ざんばらの黒髪に縁取られた端正な顔立ちが目を引いた。とはいえ、元服もしておらぬ子供とは思えぬ老獪な目つきと唇の端に常に浮かべた薄い笑みが彼の性根の曲がり具合を物語る。利のためとあらばいくらでも巧妙に立ち回るため時と場合によっては重宝したが、扱いを間違えれば惨事を起こす劇薬には違いない。これも後に大谷吉継と名乗り、西軍の参謀を務めることになるが、やはり今は金からも権力からも縁遠い小童だった。
寺の大人――つまりは和尚ですら扱いに困る少年たちである。しかもこの二人、妙に馬が合うらしく、紀之介が寺に入れられた佐吉の世話を任されて以来、兄弟とも相棒とも言えるほどの関係となっている。
誰に対しても悪意を抱く紀之介がどういうわけか佐吉には親愛の情を見せて雛鳥の世話を焼く親鳥のように振る舞い、曲がったことが嫌いなはずの佐吉が何故か紀之介の曲がりくねった根性には寛容を示し、むしろある種の尊敬すら抱いてべったり懐いていた。
元からいた紀之介一人でも他の寺小姓にとっては脅威であったが、それが二人組みとなったのである。「奴」が「奴ら」になってからというもの、寺小姓たちは度々引火しては大小さまざまな規模の爆発を起こす火薬壷とともに生活しているに等しかった。
そして現在。時刻はやや日の傾きかけた午後。境内の裏手でその二人が殴りあっていた。
理由は不明である。
二人が互いを罵る声さえ出さないので、傍目にはただ殴り合っている事しかわからない。憤怒の表情を浮かべているので「多分喧嘩しているのだろう」と推測できるのみだ。
呆然と見守る寺小姓たちの視線の先で、佐吉と紀之介の拳が、肘が、膝が、爪先が、額が、目にも止まらぬ速さで殺人的な音を立ててぶつかり合い、血飛沫を上げる。割って入り仲裁しようなどという考えは、少なくとも堅気の人間の頭には浮かばないだろう。戦慣れしている武士ならば命の危機を感じつつも何とか止めてみようかな、どうしようかなと迷う。そのくらいの勢いで殴り合っている。
年長の紀之介が体格において佐吉を数段上回り喧嘩慣れしているが、弟分の佐吉相手にも手加減は一切していない。これは紀之介が大人気ないのではなく、佐吉が異常に強いのだ。銀の髪をしたこの少年は、小兵だが獰猛で俊敏、その気性に一度火が点いてしまえば「容赦」という言葉を忘れたように相手を攻撃した。華奢で繊細そうな見た目に反して遥かに手ごわく、本気になれば百戦錬磨の紀之介とて油断はできないのだ。
この対決を面白く思わぬ寺小姓がいるだろうか、いやない。
当初は驚きに言葉を失っていたものの、次第に周囲に集まってやんやと囃し立て始めた。
生真面目だが本性は猛獣そのものの佐吉と外面は良いが蝮の如く狡猾な紀之介という厄介な二人組が互いに潰しあう光景を内心楽しんでいた寺小姓たちがひときわ大きな歓声を上げた時、相手の顔面めがけてクロスカウンター気味に交錯した二人の拳が、互いに届く寸前にぴたりと止まった。
シンと静まり返った境内に、地を這うような低い恫喝の声が響く。
「貴様ら、何を見ている……」
「見世物ではないわ……この愚図どもが」
佐吉と紀之介が、一瞬前まで互いに向けていたはずの殺気まみれな視線を周囲に向かって放射していた。
――――ヒぃッ!
地獄の悪鬼もビビって逃げ出しそうな眼光に野次馬が竦んだ瞬間、二人の足が獣のように地を蹴った。
互いの他に味方を持たぬがゆえ、自分たちへの嘲笑に対しては常に倍以上の暴虐をもって報いてきた二人である。即座に周囲を取り巻く寺小姓たちに飛び掛ると、片端から殴り倒していった。もちろん、寺小姓たちもやられっぱなしではない。敵は常日頃から悩まされている強敵とは言えたった二人だ。むしろ恨みを晴らす好機である。数を頼みに迎え撃った。
ここからが佐吉・紀之介の理不尽なところで、先ほどまで互いの咽を食い破らんばかりの勢いで殴り合っていたのに、いざ相方が窮地に陥ると「紀之介、危ない!」「佐吉を離せ!」などと叫んで躊躇い無く、むしろごく自然に救援に向かう。
紀之介の背後を取ろうとする者に佐吉が飛び掛り、小柄な佐吉が多勢に押さえ込まれると紀之介が飛び込んで暴れ周り、気づけば互いに背を預けて大立ち回りを演じていた。
――お前ら喧嘩してたんじゃねぇのかよ!
二人を敵に回した寺小姓全員の心の叫びである。
やがて寺小姓たちが一人残らず地に這い、一連の騒ぎが終焉したとき――その場に立っていたのは、やはりというか佐吉と紀之介だけであった。
どれほどの時間が経ったものか、すでにそれは紅に染まり、己が巣に戻っていくカラスの鳴き声がまぬけに頭上を抜けていく。
遠く羽ばたいてゆく黒影を見上げながら、紀之介は乾きかけた鼻血を拭い、ぼんやりと呟いた。
「のう、佐吉よ――……われらは何でこやつらと殴り合っておったのだろうなぁ?」
佐吉は紫色に腫れて片目を塞ぐ瞼を細い指で触りながら、至極どうでも良さそうに答える。
「さぁ? よく覚えてはいないが、大方いつものように連中が私たちを侮辱したのだろう」
「……そうだったか? まあ……どうでもよいわ。われらに挑むなど愚かな連中よな」
「まったくだ」
――何言ってんだこいつら。
殴られて腫れ上った顔のまま不敵に笑みを交わす二人の少年を、意識のある者達は信じられないようなものを見たような顔で見ていた。
そこへやって来たのが和尚である。あまりに遅すぎる登場だが、悪童二人組みの扱いで日々胃を痛め続ける彼を責めることはできまい。彼には騒ぎを止めるほどの覇気もなく、枯れ木のような老人とはいえ暴走する二人が手加減するとは思えない。巻き込まれれば死は必定である。
「これ紀之介! 佐吉! 今度は一体何をやらかしおった!」
凄惨な光景に一瞬言葉を詰まらせた後、杖を振り上げて怒り狂う和尚に、紀之介がのんびりと答える。
「そういわれましても……われらには何とも」
「これだけの大騒ぎを起こしておいて申し開きはできんぞ! 何故このようなことになっておる!」
何せ、寺小姓のほとんどが倒れ付しているのだ。軽症の者でも立ち上がるのがやっとという状態だった。動けない者は骨の一本や二本折れているかもしれない。
元凶である二人の少年は目を見交わすと、同時に「さぁ?」と首を傾げた。本気で疑問に思っている様子である。和尚は二人がふざけているものと思い、杖を突きつけて叫んだ。
「何をとぼけておるか! 始めに殴り合いの喧嘩をしていたのはおぬしら二人であるという証言があるのだぞ!」
どうやら二人の餌食にならないよう逃げた者がいたらしい。どうだ、といわんばかりに胸を張る和尚だったが、佐吉と紀之介は再度顔を見合わせ――まず紀之介がぷっと吹き出した。
「まさか! 喧嘩? われと佐吉が、でございますか? まっこと面白き冗談でございますな!」
腹を抱えて大笑いする紀之介の横では佐吉が憤慨していた。
「私と紀之介が喧嘩などするはずがないではないか! 誰がそのような出鱈目を言ったのだ!」
自分たちが殴り合っていた事など完全に忘れ去った様子の二人の姿に、その場にいた者たちは目を剥いた。
――こいつらは本気で頭がおかしいのか? それとも何か企んでいるのか?
実際は喧嘩の理由があまりに些細で、二人とも暴れている間にそのことを忘れてしまっただけなのだが、普段の悪辣ぶりが骨身に沁みている周囲は妙に勘繰ってしまう。
うん、と精一杯の威厳で咳払いした和尚が告げる。
「と、ともあれ、お前たち二人には罰を与える。二、三日蔵で反省しろ」
「はて、何故? われらの方が被害者でございましょうに?」
「そうだ和尚! 奴らが私たちを侮辱したのだぞ! 到底見過ごせぬ!」
一部始終を知るものからすればあまりに白々しい抗弁だったが、どうやら二人は本気らしい。
「……それは真か?」
問いただすと言うより、こいつら頭大丈夫だろうかという表情で和尚が問うと、
「だ……ったと思いまするが」
紀之介は曖昧に首を傾げ、
「私と紀之介が喧嘩するはずがない。だとしたら悪いのはあいつらだ」
佐吉は自信満々に言い放った。
深い深いため息と共に和尚が繰り返す。
「とにかく、おぬしら二人は数日蔵に入っておれ」
「何故だ和尚! 承服しかねる!」
「少なくとも傷の手当てくらいは許していただけるでしょうなぁ? 見たところわれらが最も多く殴られているゆえ」
紀之介がのんびりとした調子で面の皮の厚いセリフを吐いた瞬間、横で和尚に噛み付かんばかりに抗議していた佐吉がぱっと相方の顔を見上げた。
「そうだ、紀之介! 何故そんなに殴らせたのだ! お前らしくもないぞ!」
「佐吉こそ、可愛い顔が台無しよ。あの臆病者の中にぬしをそのような面相に出来る者がおるとは知らなんだ。一山いくらの木っ端どもとはいえ、少しは見直してやっても良いやも知れぬ」
「ふん、そうだな。まあ、多少はな」
二人はそう言ってからから笑ったが、二人の怪我のほとんどは互いに殴り合っていたときの傷である。乱闘に発展してからは流れ矢的な偶然の拳が一、二発当たったのがせいぜいだ。
――やっぱりこいつら頭がおかしい。
痛みに喘ぐ寺小姓たちの脳裏に浮かんだのは、その一言に尽きた。
佐吉と紀之介という火薬壷が起こした「喧嘩」という超弩級の大爆発はそれが最初だったが最後ではなく、二人が寺を去るまで度々勃発した。経過は常に同様で、理由も不明なまま(おそらくは些細な行き違いから)佐吉と紀之介が殺し合いかと見紛うばかりの壮絶な殴り合いを始め、やがて周囲を巻き込んで乱闘に発展し、二人が協力し合って他の全員を叩きのめし、しかし事の発端が自分たちの喧嘩だったということは完全に忘れ去っているのである。
そして、そんな騒動の度に互いの背を守りあって戦うためか、二人の結びつきはますます強まった。
――もうやだこいつら。
巻き込まれまいと距離を取っていても、仲裁に入っても、気づけば否応なしに乱闘になっている。寺小姓たちは二人がわざとやっているのではないかと本気で疑った。
佐吉と紀之介には、どうか一刻も早くこの寺から出て行って欲しい。
後に豊臣に才を見初められて近習としてもらわれていった二人を、寺小姓たちは大喜びで見送った。
仲の悪かった彼らが自分たちの栄達を祈願して送り出すさまを、佐吉と紀之介は気味悪がったが、寺小姓たちは本心から二人の出世を望んだ。
――どうか豊臣が彼らを重く用い、送り返したりしないでくれますように。
二人には絶対に戻って来て欲しくない。
それが寺に残る者たちの心からの願いだった。
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