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愚者の跳躍

ロックマンの絵とか文とかのログ倉庫。2ボス、ワイリー陣営で腐ってます。マイナーCP上等。NLもあります。サイトは戦国BASARAメインです。

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2024/11/22(Fri)16:42

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スタンド・バイ・ミー_07_1(吉三、家三、親就)

2011/01/22(Sat)20:17

ぴくしぶより。


メインの5人全員出てくるので長いです。まだまだ鬱展開続きます。元気なのは元就様だけかもしれない。
ナリ様は普段無口なんですが、しゃべり始めるとホント止まらないです。主に説教が。

あまりに長かったので分けてます。



【スタンド・バイ・ミー_07 病める月、惑う太陽(1)】





「ふむ……今宵の夜空はなんとも心乱れる星並びよなァ」
 縁側で夜空を眺めながら、吉継はぼんやりと独り言を呟いた。春が近くなったとはいえまだ空気は冷たい。彼は羽織を重ね、まだ湯気の立つ薬湯を時折口にして寒さに耐えていた。
 そうまでして夜空を見るのは、ようやく動けるようになった身体を怠けさせないためである――というのは口実で、単に星が見たかっただけだった。
吉継が身を起こせるようになって半月ほどが経っていた。特に調子のいい日には、僅かの間だが庭を歩く許可も下りる――というか、無理にでも歩かされるくらいである。元就が寄越した女医の腕は確かだった。元々病で足腰が弱っていたところに生死を彷徨ったのだ。まさか再び立ち上がれるとは思ってもいなかった。感謝はしている。毎日よくわからない薬を飲まされるのも慣れた。話し相手としても悪くない。
 だが、夜が早いのには少々辟易した。確かに、病人に早く寝ろというのは医者の務めではあるだろうが、吉継は星が見たいのだ。月も。さんざめくきら星と冴え冴えと輝く月は、数少ない彼の慰めなのだから。
 彼女の目を盗んで何度か夜更かしした吉継だったが、今日のように寒さの強い日は最初から外に出ようなどと考えなかった。それでも、今夜はどうしても空を見たかった。見なければならないような気がした。
 今にも零れ落ちそうなほどギラギラ輝く星々と、新月になる直前の、細く細く欠けた月。
 妙に心がざわめく。
 吉継が空を眺めるのは、その下の何処かに三成もいるのだと思うからだ。同じ月を、星を眺めている背を思い浮かべれば心が慰められた。その横顔が微笑んでいてくれれば良いと願った。
 だが、今夜の星は良くない。欠け過ぎた月が三成の心を表しているようで胸が詰まる。三成が苦しんでいるような気がしてしまう。あの騒がしい海賊の元に入ればそんなことはないはずなのに。きっと幸せでいてくれると信じたいのに、三成が淋しがっているような気がした。
 吉継はそんな思いを振り切るように溜め息をついた。
「あれを裏切ったのはわれだというのに、何とも図々しいことよ」
 暗い予感も胸の痛みも、自分がいてやらなくてはと思ってしまうのも、彼の傍に居たい自分の欲求の現われでしかない。三成は裏切り者の顔など二度と見たくあるまい。自分に許されるのは、彼に幸あれと祈ることだけだ。
今までは探した事もない吉兆を求めて顔を上げると、小さな影がひらひらと眼の前を横切った。珍しい客の姿に、吉継は目を見張る。
「なんと……まだ春は遠かろう。時が狂って迷い出たか?」
 寒さに震えるようによたよたと舞う蝶はまるで自分のようだ。皮肉な笑みを浮かべた吉継はすぐに頭を振った。
「いやいや、われには蛾が似合いよな」
 休む場を探すように寄ってきた蝶を、吉継は冷たく腕を振って追い返した。
「それ飛べ、鬼ヶ島まで飛んでゆけ……ああ、いや、待て……」
 蝶など見てはあれが要らぬことを思い出しかねん。
 思い直した吉継は慌てて小さな客人を呼び戻そうとした。
「待て、行くな蝶よ。この城には花がたんと咲いておるゆえ、留まりやれ」
 しかし、伸ばした指が届く事はなく、小さな翅はひらひら城の塀を越えて行ってしまった。
「ああ……行ってしもうたか……」
 がくりと肩を落とした吉継は、ふいに自分自身の可笑しさに気付いて「ヒヒッ」と笑った。
 蝶ごときの脆い羽根が、瀬戸海を越えられるはずがない。
 自分の見た蝶が三成の元まで飛ぶはずもない。
 何より、いくら鬼ヶ島だろうが蝶くらいいるだろう。眼の前の一羽を引きとめたところで、三成の前から全ての蝶を消し去ることなどできはしない。
 馬鹿な事を考えたものだ。そろそろ大人しく床に入った方が良いだろう。これで明日の体調が狂いでもしたら最後、怒り狂った女医に床に括りつけられかねない。
「いやァ、あまりに暇ゆえ、益体もない妄想にひたってしもうたわ」
 立ち上がろうとしたとき、折よく星が一つ落ちた。
 流る星に彼は願った。
 ――どうか三成が幸せでありますように。
 ――三成が寂しい思いをしていませんように。
 ――三成が穏やかな気持ちで日々を過ごしていますように。
「われの真実の望みよ……なんとか叶えてはくれまいか」
 今まで吉継の願いは叶ったためしがなかったが、結局の所、彼にはこうして願うこと以外何もできないのだった。




 元親に「お前と話したいって奴がいるんだよ」と言われた時から嫌な予感はしていた。
 岡豊城の離れにある酒宴の形に整えられた小さな部屋に連れて行かれた三成は、刀を持っていない事を心から後悔した。
「…………」
 普段人形のようにぼんやりとしているのが常態となっていたはずの三成が般若の形相を浮かべているのを見て、客をもてなしていた女たちが顔をこわばらせて主である元親に無言のお伺いを立てる。
「お前らは下がってくれ」
 元親は優しく頷いて全員を下がらせた。どうやら今の三成は凶王と呼ばれていたころに戻っているらしい。すぐ隣で放出される殺気の凄まじさたるや、豪胆な海賊の腕に鳥肌を立てるほどなのだ。憎しみのあまりギリギリと歯ぎしりする音さえ聞こえた。三成が戦場で重い鉄製の鞘を口にくわえている姿を何度か見た事がある。人間の首筋くらい簡単に噛み千切れるのではないか。刀は持ってこないよう言い渡してあったが、無駄ではないのか?
「……長曾我部」
 軋むような低い声が元親を呼んだ。
「ああ」
 非難は甘んじて受けよう。そう思っていた元親は、意外な言葉を聞いた。
「命令か?」
「は?」
「……これは命令かと聞いているっ!」
 押し殺した怒りの声にはっとした元親は、思わず隣を振り向いてしまった。どんな恐ろしい形相になっているかと思ったが、三成の顔に浮かんでいるのは怒りではなかった。
「……石田」
 いっそ怒ってくれていれば良かったのに。三成が怒りを覚えていたのなら、宥めることもできただろう。だが、彼は酷く傷ついた顔をしていた。真っすぐこちらに向いた水晶の眼は「貴様を信じていたのに」と言っていた。信じていたのに裏切られた、と。
 三成は命令されない限り部屋に入らないだろう。元親としても、彼を傷つけるのは本意ではない。
だが、元親は言った。
「話をするだけだ。聞いてやってくれ」
「願うな。命令しろ」
「……命令だ、石田」
 嫌々ながら命じると、三成は警戒に満ちた足取りで部屋に入り、客の対面に用意された席に着いた。いつでも動けるように僅かに腰を浮かしている。
 その様子に溜め息をついた元親は、奥に用意された主人の席へ行こうとしたが、客人にこう言われて引き下がる。
「すまんな、元親。二人にしてくれないか?」
「……無茶すんじゃねぇぞ」
 二人ともな。心の中で呟くと、客が苦笑した。
「少し騒ぐかも知れんが、気にせんでくれ」
「程度によりけりだな……」
 三成のこの様子では、騒ぐなと言う方が無理だろう。この瞬間にも怒鳴りださないのが不思議だ。命令されたからと耐えているのだろう。
(そういうのは好きじゃねぇんだがなぁ……)
 だが、元親はこの客に借りがある。たとえ相手からとっくに許しを得ていたとしても。
 離れからは退出するにしても、なるべく近くの部屋で待っていよう。そう思いながら元親は静かに襖を閉めた。
 その足音が遠ざかっていくのを、三成が襖を睨みながら聴いている。
 冷たく整った彼の横顔を、客人は――家康は泰然と、しかし内心は緊張しながら見つめていた。鋭い目がこちらを向くと、意味もなく心臓が跳ね上がる。
「……話とは何だ」
 数ヶ月前、最後に見たときと変わらない憎悪を瞳に浮かべ、三成が家康を見ていた。
「刹那で終わらせろ。貴様と同じ空気を吸うのも耐え難い」
「とりあえず、一杯どうだ?」
 内心の動揺を抑えて徳利を差し出したが、案の定じろりと一瞥しただけで動こうともしない。
「……元親に、少し落ち着いたようだと聞いたんだがな」
「落ち着いていた。貴様の顔を見るまでは」
 鬼火のように燃える目が上目遣いに睨んでくる。
「それはすまなかったな」
「つまらん事には簡単に頭を下げる癖に、犯した大罪については一言もなしか?」
 やはりそう来るか。
 家康は腹の中で苦笑しながら手酌で杯を傾けた。四国へ来たのは三成に会いたかったからだ。元親から話を聞いて、もう会ってもよかろうと思ったのだ。
 いや、単に会いたかった。厳島で毛利を味方に引き入れた後、家康は天下をまとめ上げるために東奔西走してきた。正直、少し疲れていたのだ。憎しみの声でもいいから三成の声を聞きたかった。顔が見たかった。
 もっと言えば、傍にいて欲しかった。
 天下を取ると決めてから心の奥底に封じていたその思いは、しばらく前から潮のように家康の心に満ちていた。少しつつけば溢れそうだ。音もなく正常な心をひたひたと侵して、水底に沈めてしまうだろう。
 三成のいるこの城に来てから、その思いは強くなっている。待ってる間、落ち着かなくて注がれるまま酒を飲んだのはまずかったかもしれない。
「ワシは後悔していない。だから、その件についてお前に謝ることはできん」
「いえやすぅうううう……ッ」
 ぎりぎりぎりと音がしそうな勢いで三成のまなじりが吊り上がった。その目はハッキリと殺意を湛えていたが、憤怒に握りしめられた拳は細い膝の上で震えていた。裏切りの罪で汚れた三成には家康を罰する資格が無い。だから、憎い憎い仇が目の前にいても襲いかかる事さえできない。
 背負った罪と相手を罰したいという思いに板挟みになる三成を見かね、家康は口を開いていた。
「三成……それではダメだ。憎しみではダメなんだ。それではお前はいつまでたっても自由になれない」
 それは心からの言葉だったが、やはり三成の憎悪に油を注いだだけだった。
「他の者にそう諭されるならいい。だが、貴様がそれを口にすることは許さない! 貴様にその権利はない、家康ッ!」
 三成は今しも飛びかからんとする自らを抑えつけるように肩を震わせた。
「それに自由だと……? 私を何から自由にするつもりだ! 憎悪か!? だったら早く死ね! 貴様さえいなければ、少なくとも憎しみは感じずに済む! でなければ私を殺せ! この世の全てから解き放て!」
 家康は酔っていた。その心はただ一つの願いに満ちていた。
 悲痛に叫ぶ三成の眼に射られて、溢れんばかりになっていた心の堤はあっさりと決壊し、なるべく静かに話そうという決意をあっさり押し流す。
「豊臣の呪縛からだ! お前は豊臣から解き放たれて、お前自身のために生きるべきなんだ、三成!」
「だから秀吉様を殺し、私を生かしておいたとでも言うのか! 誰が頼んだ! 私のために秀吉様を殺したとでも言うつもりか!」
「お前のためだけじゃない! でも、お前のためでもあった!」
「ふざけるなぁぁあああああっ!」
 感情の高ぶりが元親への罪の意識を超え、三成はついに席を蹴って家康に飛びかかっていた。膳が倒れて床に散らばり、揉み合う二人の服を汚した。だが、家康にも三成にも、そんなことを気にしている余裕はなかった。
 家康の首を絞め、あるいは食い千切ろうとする三成の細い四肢には憎しみが満ちていたが、最後には体格に物を言わせた家康が三成を組み敷いた。襟元が乱れ、白い首筋と鎖骨がいやに艶めかしく目を灼く。零れた酒精がふわりと香り、家康はごくりと喉を鳴らした。
「離せ!」 
「……好きだ三成」
 もがく三成を見下ろして囁くと、彼は呆気にとられた顔をした。だが、それも一瞬の事。すぐに先の倍以上の凶が三成を飲み込んだ。
「妄言を吐くのもいい加減にしろ! 貴様は私の大切なものを全て奪った! その仕打ちが愛だとでもいうのか? そんなものは愛などとは認めない!」
「確かにワシはお前を傷つけた! だが、これからはワシがお前を守る!」
「守るなどとどの口でほざく! どこまで私を踏みにじれば気が済む!」
「そんなつもりはない! 傷つけたくなかった! お前を守りたいんだ……」
 投げつけあう言葉がどこまでも平行線なことに少し疲れた家康は、語調を落として呟いた。
「……信じてくれ」
「――……信じていた」
 蚊の鳴くような声で囁かれた言葉に顔を上げた家康は、呆然と呟いた。
「……三成」
 彼は泣いていた。
 やつれた頬を濡らし、泣きながら家康を詰った。
「信じていた! 私は貴様を信じていた! それなのに、裏切ったのは貴様だ! 私から大切なものを全て奪った! 貴様の手をとった所で、また奪われ、裏切られるに決まっている!」
 一度は信じた。
 それはむしろ、三成がより深く傷ついたことを意味している。それでも、家康は一度でも三成が自分を信じていたという事実で胸がいっぱいになった。
 切れた絆はまた結び合わせる事が出来る。
 今自分たちを結ぶのは憎しみと言う絆。だが、千切れた信頼の絆を結び直せば、また友だったころに戻れる。友以上の関係にもなれる。
「ワシはお前に与えたいんだ、三成!」
「償いのつもりか! ならば謝罪しろ! すまなかったと頭を下げることさえしないくせに、善人ぶるな!」
「三成、三成……わかってくれ三成! ワシはお前が好きなんだ!」
 先ほどから煽られていた欲望が、三成の泣き顔と絆への期待で歯止めが利かなくなった。家康は痩せた肢体を抑え込んだまま、首筋に顔を寄せた。
「やめろ! 私に触れるな!」
「ワシのものになってくれ、三成」
「ヒッ!」
 熱い舌の感触に、三成が身体をこわばらせた。唇が這うおぞましさに身体を震わせ、戒めから抜け出そうともがいた。だが、逃がしたくない家康は、ますます強く三成を抑えつける。
 耳元に吐息がかかると、耐えかねた三成が叫んだ。
「刑部!」
 元親に引き取られてから、三成がその名を口にした事はなかった。だが、追い詰められた彼がすがる対象として選んだのは、信仰の対象だった秀吉でも、現在の主である元親でもなかった。
「刑部、ぎょうぶっ!」
 子供が親を呼ぶようにその名を叫ぶ姿を見て、家康は顔を歪めた。同じ裏切り者であっても、三成と吉継の信頼はまだ切れていない。三成は吉継を死んだと思っている。だが、彼がまだ生きている事を知ったとしたら――?
 そう思うと、欲望の炎に黒々としたものが混ざった。
「三成っ! 刑部は死んだ! お前を裏切って死んだ! 頼むからワシを見てくれ、三成!」
「うるさい! やめろっ! 刑部、刑部、ぎょうぶ……――ッっ!」
 これ以上その名を聞きたくない。その一心で家康は三成の唇を己のそれでふさいだ。
 家康にとっては、吉継も大切な友人だった。少なくとも、三成への慕情を自覚するまでは、意地悪だが頼れる兄のような存在だった。だから元就に預けた。三成のために病を推して戦う彼の思いを尊敬していたからだ。
 だが、この時は吉継を生かしたことを後悔していた。
 何故吉継の裏切りは許せても自分は許されないのか。何故三成は自分を愛してくれないのか。
 奪うようなくちづけに、三成の抵抗が弱まっていく。
 そうだ。このまま奪ってしまおう。彼の何もかもを。
 それから、自分が新しく与え直せばいいのだ。
「石田ッ! 家康ッ!」
 激しい音を立てて襖が開いたのはその時だった。憎むべき部下の仇の名を三成が狂ったように叫びだしたのを聞いて、元親はすぐに駆けつけた。家康は驚いたようにこちらを見ている。それはそうだ。この状況で踏みこまれて平然としていたら、元親は友人の精神状況を疑う。
「長曾我部……」
 白い肌をさらして組み敷かれていた三成は、先ほどまで絶叫していたとは思えない虚ろな表情で元親を見た。頬は濡れていたが、もう涙は流していない。
「……命令か?」
 元親は耳を疑った。
「なんだと?」
「貴様は『この男のものになれ』と私に命じるのかと聞いている」
「……命令したらどうするってんだよ。命じられるまま、家康のモンになるってのか?」
 虚ろな問いかけに元親は腹が立った。どうしてこいつはこうなんだ。なんだってそんな風に自分を投げ出してしまえる?
 その問いかけの根本にあるのは別の男と彼の兵たちへの憤りだったのだが、三成は何故そんな目をされるのかさっぱりわからないという表情で頷いた。
「ああ。それが私の償いだというなら従おう」
 平坦な声で答える三成を見て、家康は血の気が引いた。水晶を思わせる三成の眼に煮えたぎっていた憎悪が、その性質を変えぬまま急激に熱を失っていた。燃え立つ炎を宿した瞳が、凍えた目で世を呪っていた彼の片割れと同じ瞳に変わっていく。
 それを知ってか知らずか、元親は首を振った。
「いや……それはしねぇよ」
 彼は散らばった皿や料理を避けて部屋に踏み入ると、悲しげに友人を見下ろした。
「悪ィが家康、石田から離れてくれ。話をしたいっていうから会わせたが、手を出すつもりなら俺は止める」
「元親……」
 彼には己の恋心を伝えてある。家康がどれほど三成を思っているか、元親は知っているのだ。だが、隻眼の海賊はきっぱりと首を振った。
「逸る気持ちはわからないでもねぇ。だが、無理強いしたって、心はついて来やしねぇよ。俺ァ、それで一度痛い目見てんだ。とりかえしのつかねぇしっぺ返しを食らったんだよ。ダチのお前にまで、同じ轍は踏ませたくねぇ……」
 元親の昔話を聞いていた家康には、元就のことだとすぐにわかった。友の気持ちを知った家康は、そっと三成から離れて部屋の隅に行った。一時身体を支配していた黒い炎は消えている。それが残したのはたまらない自己嫌悪だった。元親が入ってこなければ、自分は三成を犯していた。さらに深く三成を傷つけるところだった。
 自責の念にかられる家康を見て安堵した元親は、無言で着物を整えている三成の傍に膝をつく。
「石田」
「…………」
 視線を合わせると背筋がぞっとした。この眼は一度見た事がある。大阪で見たのだ。元親の国を壊滅させた、大谷吉継と同じ目だ。
 それでも怖気を抑え、元親は優しく言った。
「信じろ。俺はお前を売ったりしねぇ」
 全ての光を拒絶して跳ね返すような蟲の目に元親を映し、三成は囁くような声で言った。
「……国と引き換えでもか?」
「あん?」
「家康は天下人だ。貴様の国を取り上げることもたやすいのだぞ。貴様はそれでも私を売らないと言えるのか?」
 静かな、穏やかとさえいえる声の指摘に、元親は顔を厳しく引き締めた。
 以前の三成ならば、きっとそんな可能性に気付くことさえなかったのだろう。
 そして、以前の自分ならば、そんなことはあり得ないと即座に否定出来た。
 だが、今の自分の出す答えはこれだ。
「そんときゃ……今度こそ俺と家康の友情もお仕舞いさ。惚れた相手を傷つけてまで手に入れることが望みだって言うなら……俺が止める」
 変わったのは、成長だと言えるのだろうか。しかし、多くのものを失い、失わせて、何一つ成長しないのとしたら――そいつはきっと狂ってる。
「天下を取って人が変わっちまった家康を、俺が討つ……それが、家康のダチとしての、俺の使命だ」
 誤解で殺しかけた友に罪悪感を感じていた。それでも、この答えが元親の出せる最上のものだった。
 三成を無理矢理手に入れようとするのは間違っている。家康が本気で三成に惚れているなら猶更だ。
「……元親」
 部屋の隅で恥じ入っていた家康は、友の言葉に安堵の表情を浮かべていた。
 よかった。こいつはまだ正常だ。衝動に流される事は誰にでもある。家康には元親の言葉が届いている。なら大丈夫だ。
「そういうことだ。覚えとけよ、家康。俺はお前たち二人ともダチだと思ってる……仲直りしてほしいってな。だが、ダチを裏切ることはできねぇ。俺はなんと言われても、石田をお前に売りはしねぇよ」
「…………」
 元親があえて家康に向かって念を押したのは三成のためだ。三成にも、自分の言葉を届かせたかった。それでも三成は返事をしない。
 ひやりと背筋を撫でる悪寒を振り払うように、元親は明るく笑った。
「さ、今日はもうお開きだ。明日は気を取り直して遠出でもしようや」
「…………」
 一瞬の沈黙に耐えられないかのように、家康がわざとらしい明るさで同調する。
「そうだな! 四国の名所でも案内してもらうか。三成はどこへ行きたい?」
「…………」
 三成は思わず言葉を失うほど無機質な目を家康に向けた。
「私は秀吉様と、半兵衛様と、刑部の所へ逝きたい」
 あまりに静かな声音に、元親と家康が押し黙った。
 三成は気味の悪い動作でぐるりと首を廻らせ、元親を見つめた。
「家康と仲直りだと……?」
 能面のような無表情は、元親にある男の事を思い出させた。雪を思わせるひっそりと冷ややかな声音もそっくりだ。
「長曾我部……私にこのまま、この男と同じ空気を吸えというのか? 明日も、この男の顔を見て過ごせと? 秀吉様を殺した男の顔を眺めて過ごせと……?」
 家康は間にあった。だが、三成はどうか。
 嫌な汗が背中を流れるのを感じながら、元親は縋るような思いで諭した。
「忘れるんだ、三成……恨みも、過去も、水に流せばいい」
「ああ」
 三成はゆっくりと頷いた。
「そういえば貴様は、刑部を殺したのだったな……忘れていた」
「!」
 顔をこわばらせる元親を、三成はぼんやりと見つめた。
 結局ここも自分の居場所ではなかった。自分の居場所など、もうこの世のどこにもない。なのに、罪を償うために生き続けなければならないとは。
 ――私が信じ、大切に思っていたものはすべて失われた。
 私にはそういう星がついているのかもしれない。愛するものに破滅を運ぶ星が。
 半兵衛様も、秀吉様も、刑部も、私の星が死なせたのかもしれない。きっとそうなのだ。私がいたから。凶星を抱く自分の傍にいたせいで。
 星。
 星か。
 星が見たい。
 吉継はよく星を見ていた。いまなら、彼がそこに何を見つけようとしていたのかわかる気がする。
「石田ッ!」
「三成!」
 幽鬼のように立ち上がり、ふらりと歩きだした三成を、残された二人は止めようとした。
 だが、できなかった。
 すれ違う際に聞こえた彼の言葉が、元親と家康の動きを止めた。
 ――生まれてくるのではなかった。



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